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シーズン8 第二話 真似(1)



「さてもさても。どうしたものかのう」
「はい。まさかこんなに苦戦するとは思いませんでした……」

 執務室でソノーと差し向かいで話をする。どうにも困ったことになり、ソノーががっくり肩を落としている。モルナがブレザの工房に住み替えたことで、家政婦がミレーネ一人になってしまったのだ。

 イルガが加わり、住人数はまたも増加。洗濯にしても炊事にしても、人数が一人増えるだけで数以上に負担が重くなる。見るに見かねてソノーが手伝ってはいるものの、執事業との兼ね合いがあるのでやれることがひどく限られる。

 その上、屋敷に壮年男性が二人増えたことをアラウスカがひどく気にしている。まあ……気持ちはわかる。オルムにしてもイルガにしても男盛りじゃ。騎士としての礼節を備えているとはいえ、残りの面々には妙齢の女性が多いからのう。
 ぐうたら姫のレティナにしてもぼけっぱあのリリアにしても、容貌は並外れておる。もちろん、ソノーもじゃ。彼女らを守らねばならぬアラウスカにしてみれば、男衆を安易に受容できぬのは当然かもしれぬ。

 ただ……男衆から距離を置くだけならまだしも、本業とリリアの指導が忙しいという理由で家事を補助しなくなったのは全くの想定外だった。モルナの契約は、少なくとも冬までは続けてくれという期限付き。それゆえ住み替えは織り込み済みであったが、まさかアラウスカまで離脱するとは思わなんだ。されど、アラウスカに求めていたのは子供たちの指導、教育じゃ。今さら家事をせよとは命じられぬ。

 なのでソノーを介して二人目の家政婦確保に乗り出したんじゃが、思いの外難航しておる。
 女児の多くは、スカラ卒業後にそのまま家に入る。生家の野良仕事や家事を手伝う子が多いのじゃ。女児ばかりの家では口減らしのために女児を奉公に出すが、ブレザの工房やマルコの店など受け皿が増えてきた。一手に商いを仕切っていたベグレンが店を畳んでからは、どの店も商売が繁盛しておるのだ。
 ゆえに求人に関しては今売り手市場となっており、職や居場所の見つからぬ女児は極めて少ない。地場経済発展の結果ゆえとても望ましいことなのだが、私にとっては大打撃じゃ。

 ミレーネのような成人女性にまで対象を広げれば見つかるかも知れぬが、性(しょう)や身持ちを確かめるのが難しくなる。実際のところ田舎では、ミレーネのように高い品性を備えておる女性がとても少ないのじゃ。むうう。どうしたものかのう。

「仕方あるまい。どうしても見つからぬということであれば、使い魔をこしらえるしかないな」
「そうしたくはないんですよねえ」
「もちろんじゃ。されど、あてにしていたチルプはすでに人妻。それも高位海竜の愛妻じゃ。家事を手伝えなどとは口が裂けても言えぬわ。マルタは当分あてにできんしのう」
「ルグレス王家から誰か派遣してもらうというのは……」
「いや、やっとのことで王家との縁を切ったのじゃ。こちらが隙を見せれば、どんな難題を押し付けられるかわかったものではない」
「でも、メイ姉さんとジョシュアさんがいますよ?」
「だからじゃよ。我々が何か余計な手出しをすれば、ジョシュアの立場を悪くする。我々はどうしても距離を置かねばならん」

 ふうっ。思わず頭を抱えてしまう。

「使い魔をこしらえるにしても時期が悪い。まだ真冬じゃ。元にする生き物がほとんど眠っておるゆえな」
「あ! そっかあ」

 元が白蛇のペテルも、今時期はまだ半分眠っておるようなものじゃ。私とソノーとの会話をぼーっと聞き流している。
 冬でも活発に活動する動物……たとえば野うさぎ、狐、鹿などを使い魔に仕立てれば、きびきびと立ち回ってくれるじゃろう。されど大型動物は自我が明瞭ゆえ、制御がとても難しい。

「ミレーネには申し訳ないが、もう少しだけ辛抱してもらうしかないのう」
「ええ。わたしも出来る限りお手伝いいたします」
「済まんな」
「いいえ、ずっとしてきたことですから」

 ソノーが屈託なく笑った。

「あ」

 半ば呆けていたペテルが、よろっと立ち上がった。

「誰かお客さんが来られたようです。僕が見てきます」

 ペテルなりにソノーに気を遣ったのであろう。ふらふらと階下に降りていった。

「ははは。お主の夏とペテルの冬。どうしても苦手な季節はあるゆえな」
「ええ」

 ソノーが苦笑を浮かべた。咋夏衝突した二人の間にはしばらく形容しがたい緊張が漂っていたものの、徐々にそれ以前の関係に戻りつつある。各々で軋轢を「こなしてくれた」ということであろう。

「さて。依頼に備えるとするか」
「わたしも見てまいりますね」
「頼む」

 一礼したソノーが、さっと下がった。

◇ ◇ ◇

「これはまた……」

 厳冬期の客としては珍しいもいいところじゃ。なにせ、クレスカ南部の山村からの客。今時期は地元の者すら気象の激変を恐れて遠出をせぬ。ましてや山越えなど自殺行為に等しい。険しい山々を幾つも越えてここに辿り着けたことは、むしろ奇跡に近いと言えよう。しかも、それがレクトくらいの年回りの少年じゃった。
 栗色の短い髪と群青色の瞳、痩せてはいるが雪焼けして色黒。目はぐりっと大きく、独特の容貌じゃ。第一印象はマルタのそれに近いが、マルタのようなぎらぎらした攻撃性がない。逆じゃ。強い意志を感じず、穏やかというよりも無表情に近い。

 少年はフィロム・バリオスと名乗った。そして依頼を携えておらなんだ代わりに、とんだ厄介ごとを持ち込んだ。

「じいちゃんが、困った時にはメルカド山の南に住んでる魔術師になんとかしてもらえって言った」
「お主の祖父君(そふぎみ)はどうされたんじゃ?」
「死んだ」
「ううむむむ」

 ソノー、ペテルと三人揃って頭を抱えてしまった。私が関わった事案であれば手伝えるが、フィロムやその祖父のことなど知らぬ。ソノーに過去の依頼記録をさらってもらったが、それらしい記載はないそうじゃ。

 それだけでも十分に厄介だったんじゃが。少年の携えていた書状がとんでもなかった。それは、少年がテビエ三世の落とし子であることを証明するもの。偽造品ではなく、紛れもなく本物であった。
 己の存在しか認めなかったテビエ三世がわざわざ自署してまで証明書を残したということは、相手の女性が他国の貴族であったことを意味する。王がしでかしをごまかせぬほどの大物だったのであろう。
 だが……。今の今まで公的にフィロムの存在が表に出たことはなかった。フィロムの母親は父親が誰かわからぬ子を産みたくなかっただけで、子息を王座につけるつもりがなかったのかもしれぬ。

 やっとのことでルグレス王家のごたごたから手を引いたというに、これでは……。とっとと出て行けと言いたいところじゃが、これまで祖父と二人きりで暮らしてきたのならば今は孤児であろう。身寄りのない少年を無下に追い払うことはできぬ。
 溜息吐息をたっぷり床に流して。少年に食事を勧め、そのあとゆっくり体を休めるよう言い添えた。申し訳ないが、世話をミレーネに頼んだ。

「さて。どうするかのう」

◇ ◇ ◇

 身命を賭してここまで旅をしてきたのじゃ。少年が作り話をでっち上げているとはとても思えぬ。携えていた書状も紛れもなく本物じゃ。だが、フィロムの祖父が言うた「なんとかしてもらえ」の中身がとんとわからぬ。それが特定できぬ限り、助力も魔術行使もできん。
 抜群の観察力、推理力を誇るペテルも眉をひそめて考え込んだままじゃ。ソノーも、何が何やらという表情を変えていない。もちろん、私にも思い当たる節がない。家政婦の確保をどうするかどころの話ではなくなってしまった。
 執務室が苦悶の声で埋まっている中に、ミレーネがすいっと入ってきた。

「ああ、ミレーネ。済まんな。それでなくとも激務になっているのに、更に面倒を押し付けてしもうた」
「いいえ、ご配慮いただいているので、まだ大丈夫でございます」

 「まだ」の一言がついている。つまり、仕事が徐々にきつくなっていることは隠しておらん。ううむむむ。

「それより。一つお耳に入れたいことが。よろしゅうございますか?」

 きょろっと周囲に目配りをしたので、執務室の扉を閉め、魔術で空間を切り離した。

「なにか、気づいたことが?」
「フィロムは少年ではありません。女の子でございます」

 三人揃って仰天してしまった。

「な、なんと……」

 絶句状態から真っ先に戻ってきたのはペテルだった。先ほどまで全く見えなかった背景が、今の一言で一気に整ったのであろう。

「そうか。そういうことか」
「何かわかったのか?」
「ええ。僕の推測ですけど、大きなずれはおそらくないと思います」
「話してみよ」
「はい」

 ちらっとミレーネを見たペテルの視線の色を見て、ミレーネを下がらせることにした。とても微妙な話なのであろう。

「ミレーネ。よくぞ気づいてくれた。その事実を踏まえて彼女の扱いを考える」
「ありがとうございます」

 ミレーヌも長居はせず、さっと部屋から退出した。廊下の足音が遠ざかるのを確かめたペテルが振り返り、慎重に推論を並べ始めた。





(ノゲシ)





The Mockingbird & The Crow by Hardy


《 ぽ ち 》
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