《ショートショート 1450》
『鉄の骨』 (こんとらすと 15)
自分の骨が鉄でできてたらいいのになあと思うことがある。
僕の骨は人よりもろい。難病とかではなくて、重度の骨粗鬆症みたいな体質らしい。もちろん、骨を頑丈にするための努力は欠かしていない。カルシウムはちゃんと摂ってるし、お日様に当たって、軽い運動も続けてる。
だけど、その運動が問題なんだ。普通に生活している間は大丈夫なんだけど、運動中につまずいて転ぶとか何かにぶつかるとか、外から強い衝撃を受けるとあっさり骨が折れてしまう。
折れやすい骨なら痛くない? まーさーかー。骨折は死ぬほど痛いし、治るのにも時間がかかる。そして、骨折の治療はシーネだけ。切開して固定金具を入れると骨が金具に負けるらしくて、症状がひどくなる。だからお医者さんにきつく言われてるんだ。面倒な部位の骨を折るんじゃないよって。そんなの、僕に選べるわけないじゃん。
骨折のしんどさを知り尽くしてるから、小学校の頃から体育は見学が多かった。別に虚弱体質でも運痴でもないから、本当は一緒にわいわいやりたい。でもはめを外して骨をぽっきりやっちゃうと、学校にすら行けなくなる。
まるでナマケモノみたいな動作で慎重にそろそろ行動して、それでも小学校で五回、中学で三回骨を折った。高校受験前に腕を骨折した時には本当に焦ったなあ。折れたのが利き腕でなかったのが不幸中の幸いだった。
高校に入ってからも、先生に事情を話して体育をほぼ見学にしてもらった。小中の頃みたいにはっちゃけたムードに乗せられてついうっかりっていうのがなくなったから、幸い骨は折らずに済んでる。このまま卒業までなんとか行けるかも……という淡い期待はあっさりと覆った。
「やっちゃった……」
◇ ◇ ◇
いつもお世話になってる整形の先生に見てもらう。
「久しぶりだね。少しは骨が丈夫になったかと思ったけど、やっぱり相変わらずか」
「はい……」
右足の親指骨折。ただ、今回は完全なアクシデントで回避しようがなかった。学校の図書室で本を探していたんだけど、踏み台に乗って蔵書整理をしていた図書委員の持ってた本が滑り落ち、角がもろにどすん。で、ぽっきり。
委員の女の子が大丈夫ですかってすごく心配してくれたのは嬉しかったんだけど、大丈夫じゃないんだ。折れた部分がみるみる腫れ上がり、あえなく病院行きになってしまった。
でも、どんな治療になるかはわかってる。変な言い方だけど、僕は骨折のプロになっちゃったからね。親指だけでなく右のかかとから下が全部シーネで固定される。親指だけのシーネっていうのはできないし、きちんと固定しないと患部を動かせちゃうから治りが遅くなる。大げさに見えるけど、まとめて固定しないとだめなんだって。あとは湿布と痛み止めの飲み薬。いつも通りだ。
骨がくっつくまで一ヶ月くらいはかかるから、それまでは松葉杖とのおつきあいになる。はあ……やれやれ。
それでも、学校に行けるだけまだまし。骨折している事実をみんなに見せられれば、体育が見学になる理由もわかってもらいやすい。親指ぽっきりが怪我の功名になるかもしれない。
治療のための早退だけで、翌日はいつも通りに登校した。先生にタフだなあと言われたけど、タフなら骨なんか折れないって。はあー。
ともあれ午前中は普通に授業を受け、昼休みにお弁当を食べようと思ってサブバッグを開けたら。
「うそ」
ランチクロスを解いて出てきたのが、弁当箱ではなく包装紙に包まれた牛乳石鹸の青箱だった。
「僕に石鹸を食えというわけ? 確かにいい匂いだけどさ。匂いじゃお腹が膨れないよ」
ううむ。これから松葉杖ついて購買に行くのはどうもなあ。混雑ひどいし、買えるものが残ってない可能性もある。どうすべ。
うーうーうなっていたら、教室の前ドアから女の子の声がした。
「あのー、木下さん、いますか」
あ、僕?
「木下は僕ですがー」
顔を上げて声の主を確かめる。知らない子だけど、見覚えがある。ああ、昨日の図書委員の子だ。うちのクラスじゃないので、おずおずという感じで教室に入って来た。
「昨日は本当にごめんなさい」
「いや、アクシデントだから。しょうがないよ」
名札を確かめる。大村さん、ね。しょげかえってるけど、ショートヘアできびきびした元気そうな子だ。何か運動系の部活をやってる感じ。きっと骨は丈夫なんだろなあ。うらやましい。で、大村さんは机の上を不思議そうに見てる。
「あの、木下さん。一つ聞いていいですか?」
「うん」
「その石鹸はなんですか?」
「母さんが、お弁当と間違えて包んだらしい」
さっきまでしょげかえっていた子が、弾けたように爆笑した。
「きゃははははっ!」
「笑いごっちゃないよー。この足じゃ昼飯買いに行けないし」
はっと我に返った女の子が、ばね仕掛けの人形みたいに勢いよく教室を飛び出していった。
「すぐ買ってきますー!」
おお、天の助け。やれやれ、これで昼飯にありつける。一安心だ。これ、牛乳石鹸。よくやったぞ。ほめてつかわす。
◇ ◇ ◇
パンの代金はおわびに払わせてくれという申し出を頑として断る。
「いや、あれは本当にアクシデントだって。あれくらいでぽっきり骨がいっちゃう僕の方に問題があるんだ」
「そんなにひどいの?」
「今回で九回目。あと一回でスタンプカードがいっぱいだよ。なにも特典ないけど」
僕の笑えないギャグにひきつっていた大村さんが、僕の足をじっと見下ろす。
「わたし、一回も骨折したことないからわからないけど。痛いんでしょ?」
「痛いよ。自分の骨が鉄でできてればいいのになあと思うことがよくある」
「そうかあ」
「でもね」
食べ終わったパンの袋をたたんで、机の上に並べる。
「骨が折れやすいからわかることもあるんだ」
「なんですか?」
「骨を折ったことがない人には、骨折の辛さがわからない。それは仕方ないよ」
「……うん」
「でもね、すごく辛いんだろなあと想像することはできるでしょ?」
「うん」
「その想像力が人によって違うの。感受性っていうのかな。人の痛みをしっかり想像できるのは優しい親切な人。だから、君もとてもいい人。親切な人」
ぼっ。大村さんの顔が真っ赤になった。くす。
「それもあって、痛そうにしたくないんだ。見るからに痛そうだと、みんなが親切モードになっちゃうからね」
「そっか」
僕は、自分の骨が鉄でできていればいいなと思うことがある。でも、神経まで鉄製にするつもりはない。
誰もが僕の弱さに配慮してくれるわけじゃないんだ。僕の弱さを無視するやつも食い物にしようとするやつもいる。センサーをちゃんと働かせてそういう連中を遠ざけないと、骨だけでなく心まで折れてしまうからね。
さて。僕の怪我をすごく気にしてわざわざ謝りに来てくれた大村さんにお礼を言おう。謝罪は当たり前じゃない。彼女だからそうしたんだ。それを彼女にきちんと伝えないと、僕の神経が鉄だってことになっちゃう。
「パン買って来てくれて、ありがとう。明日の弁当まで石鹸ていうことはないと思うから、怪我のことは気にしないで」
くすくす笑いながら頷いた大村さんが、ぺこっとお辞儀をして教室を出て行った。残された僕は、牛乳石鹸に向かって愚痴をぶちかます。
「彼女、図書委員だよなあ。図書室の当番表確かめたいけど、足が良くなるまでお預けかあ。ちぇ」
Broken Bones by Telegraph
《 ぽ ち 》
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『鉄の骨』 (こんとらすと 15)
自分の骨が鉄でできてたらいいのになあと思うことがある。
僕の骨は人よりもろい。難病とかではなくて、重度の骨粗鬆症みたいな体質らしい。もちろん、骨を頑丈にするための努力は欠かしていない。カルシウムはちゃんと摂ってるし、お日様に当たって、軽い運動も続けてる。
だけど、その運動が問題なんだ。普通に生活している間は大丈夫なんだけど、運動中につまずいて転ぶとか何かにぶつかるとか、外から強い衝撃を受けるとあっさり骨が折れてしまう。
折れやすい骨なら痛くない? まーさーかー。骨折は死ぬほど痛いし、治るのにも時間がかかる。そして、骨折の治療はシーネだけ。切開して固定金具を入れると骨が金具に負けるらしくて、症状がひどくなる。だからお医者さんにきつく言われてるんだ。面倒な部位の骨を折るんじゃないよって。そんなの、僕に選べるわけないじゃん。
骨折のしんどさを知り尽くしてるから、小学校の頃から体育は見学が多かった。別に虚弱体質でも運痴でもないから、本当は一緒にわいわいやりたい。でもはめを外して骨をぽっきりやっちゃうと、学校にすら行けなくなる。
まるでナマケモノみたいな動作で慎重にそろそろ行動して、それでも小学校で五回、中学で三回骨を折った。高校受験前に腕を骨折した時には本当に焦ったなあ。折れたのが利き腕でなかったのが不幸中の幸いだった。
高校に入ってからも、先生に事情を話して体育をほぼ見学にしてもらった。小中の頃みたいにはっちゃけたムードに乗せられてついうっかりっていうのがなくなったから、幸い骨は折らずに済んでる。このまま卒業までなんとか行けるかも……という淡い期待はあっさりと覆った。
「やっちゃった……」
◇ ◇ ◇
いつもお世話になってる整形の先生に見てもらう。
「久しぶりだね。少しは骨が丈夫になったかと思ったけど、やっぱり相変わらずか」
「はい……」
右足の親指骨折。ただ、今回は完全なアクシデントで回避しようがなかった。学校の図書室で本を探していたんだけど、踏み台に乗って蔵書整理をしていた図書委員の持ってた本が滑り落ち、角がもろにどすん。で、ぽっきり。
委員の女の子が大丈夫ですかってすごく心配してくれたのは嬉しかったんだけど、大丈夫じゃないんだ。折れた部分がみるみる腫れ上がり、あえなく病院行きになってしまった。
でも、どんな治療になるかはわかってる。変な言い方だけど、僕は骨折のプロになっちゃったからね。親指だけでなく右のかかとから下が全部シーネで固定される。親指だけのシーネっていうのはできないし、きちんと固定しないと患部を動かせちゃうから治りが遅くなる。大げさに見えるけど、まとめて固定しないとだめなんだって。あとは湿布と痛み止めの飲み薬。いつも通りだ。
骨がくっつくまで一ヶ月くらいはかかるから、それまでは松葉杖とのおつきあいになる。はあ……やれやれ。
それでも、学校に行けるだけまだまし。骨折している事実をみんなに見せられれば、体育が見学になる理由もわかってもらいやすい。親指ぽっきりが怪我の功名になるかもしれない。
治療のための早退だけで、翌日はいつも通りに登校した。先生にタフだなあと言われたけど、タフなら骨なんか折れないって。はあー。
ともあれ午前中は普通に授業を受け、昼休みにお弁当を食べようと思ってサブバッグを開けたら。
「うそ」
ランチクロスを解いて出てきたのが、弁当箱ではなく包装紙に包まれた牛乳石鹸の青箱だった。
「僕に石鹸を食えというわけ? 確かにいい匂いだけどさ。匂いじゃお腹が膨れないよ」
ううむ。これから松葉杖ついて購買に行くのはどうもなあ。混雑ひどいし、買えるものが残ってない可能性もある。どうすべ。
うーうーうなっていたら、教室の前ドアから女の子の声がした。
「あのー、木下さん、いますか」
あ、僕?
「木下は僕ですがー」
顔を上げて声の主を確かめる。知らない子だけど、見覚えがある。ああ、昨日の図書委員の子だ。うちのクラスじゃないので、おずおずという感じで教室に入って来た。
「昨日は本当にごめんなさい」
「いや、アクシデントだから。しょうがないよ」
名札を確かめる。大村さん、ね。しょげかえってるけど、ショートヘアできびきびした元気そうな子だ。何か運動系の部活をやってる感じ。きっと骨は丈夫なんだろなあ。うらやましい。で、大村さんは机の上を不思議そうに見てる。
「あの、木下さん。一つ聞いていいですか?」
「うん」
「その石鹸はなんですか?」
「母さんが、お弁当と間違えて包んだらしい」
さっきまでしょげかえっていた子が、弾けたように爆笑した。
「きゃははははっ!」
「笑いごっちゃないよー。この足じゃ昼飯買いに行けないし」
はっと我に返った女の子が、ばね仕掛けの人形みたいに勢いよく教室を飛び出していった。
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「いや、あれは本当にアクシデントだって。あれくらいでぽっきり骨がいっちゃう僕の方に問題があるんだ」
「そんなにひどいの?」
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僕の笑えないギャグにひきつっていた大村さんが、僕の足をじっと見下ろす。
「わたし、一回も骨折したことないからわからないけど。痛いんでしょ?」
「痛いよ。自分の骨が鉄でできてればいいのになあと思うことがよくある」
「そうかあ」
「でもね」
食べ終わったパンの袋をたたんで、机の上に並べる。
「骨が折れやすいからわかることもあるんだ」
「なんですか?」
「骨を折ったことがない人には、骨折の辛さがわからない。それは仕方ないよ」
「……うん」
「でもね、すごく辛いんだろなあと想像することはできるでしょ?」
「うん」
「その想像力が人によって違うの。感受性っていうのかな。人の痛みをしっかり想像できるのは優しい親切な人。だから、君もとてもいい人。親切な人」
ぼっ。大村さんの顔が真っ赤になった。くす。
「それもあって、痛そうにしたくないんだ。見るからに痛そうだと、みんなが親切モードになっちゃうからね」
「そっか」
僕は、自分の骨が鉄でできていればいいなと思うことがある。でも、神経まで鉄製にするつもりはない。
誰もが僕の弱さに配慮してくれるわけじゃないんだ。僕の弱さを無視するやつも食い物にしようとするやつもいる。センサーをちゃんと働かせてそういう連中を遠ざけないと、骨だけでなく心まで折れてしまうからね。
さて。僕の怪我をすごく気にしてわざわざ謝りに来てくれた大村さんにお礼を言おう。謝罪は当たり前じゃない。彼女だからそうしたんだ。それを彼女にきちんと伝えないと、僕の神経が鉄だってことになっちゃう。
「パン買って来てくれて、ありがとう。明日の弁当まで石鹸ていうことはないと思うから、怪我のことは気にしないで」
くすくす笑いながら頷いた大村さんが、ぺこっとお辞儀をして教室を出て行った。残された僕は、牛乳石鹸に向かって愚痴をぶちかます。
「彼女、図書委員だよなあ。図書室の当番表確かめたいけど、足が良くなるまでお預けかあ。ちぇ」
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