《ショートショート 1449》


『イメチェン』 (こんとらすと 14)


「ええー? 彼のイメージを変えろって言うんですかあ?」
「あなた方なら朝飯前でしょう? これまで芸能人のイメチェンをいっぱい手がけて来られたんですから」
「私らの商売は、一般のお客さんが対象なんです。芸能人のも本当はやりたくないんですよ。勘弁してください」
「そこをなんとか」
「ええー?」

◇ ◇ ◇

 俺たちは夫婦でアドバイザーみたいなことをやっている。もともとは美容師とネイリストだったんだが、勤めていた美容室でお客さんのイメチェンの相談に乗っているうちに、これなら商売になるんじゃないかと思い立ち、独立して「あなたのイメチェンお手伝いします」というニッチな仕事を始めた。
 服装や小物のセレクト、ヘアスタイルやメイク、会話術や立ち居振る舞いへのアドバイス等々、顧客の求めるイメージに近づけるのではなく、俺たちがその客の良さを一番引き出せるというイメージを練り上げて提案し、納得してもらえれば客自ら実践して変身にトライ。俺たちは、都度アドバイスを重ねる……という感じ。
 俺たちが髪を切ったり、メイクをしたり、スタイリングを施したりは原則しない。あくまでもアドバイザーという形でのお手伝いだ。そうしないと客が何も努力をせず、座り込んだままの牛になってしまうからね。

 ある意味センスの計り売りみたいな商売なので、食っていけるかどうか大いに不安だったんだが。アドバイザーという仕事は半分カウンセラーみたいなもので、客の不安や不満、コンプレックスをじっくり時間をかけて聞き出し、負の領域を十分理解した上で既存のイメージをひっくり返す。手間がかかる分、陽転効果がとても大きい。
 自信がついた。運が向いてきた。積極的になれた。明るくなった……。どのお客さんからも概ね満足してもらえたことで固定客がつき、口コミで少しずつ評判が広がって、明日のご飯をどうしようかという心配はしないで済むようになった。

 そこまでは良かったんだ。ただ、商売が軌道に乗った頃から、態度の悪い初見の客が少しずつ増えてきた。

 再々言うけど、俺たちは原則として直接依頼者に何かを施すことはしない。俺たちはあくまでも依頼者の現状を踏まえた上で、どこをどうすればネガティブな部分を消せるか提案するだけ。あくまでもアドバイザーなんだ。
 それなのに、偉そうな客がふんぞり返って言うわけだよ。カネは出すから、私のイメージを君らの力でがらっと変えろってね。いや、だから、最初から言ってるだろうが。変えるのはあなた自身でやってくださいねって。

 ニホンゴ、ワカル? ドゥーユーアンダスタン?

 俺たちはプライドを持って仕事をしている。原則を遵守できない客は願い下げ。お引き受けできませんと突っぱねてきた。
 芸能人のイメチェンを手伝ったと言っても、これまでの依頼者は誰もが真剣だった。どうしても自分の古い殻を破りたいという熱意があって、報酬云々とかは関係なく俺たちも後押ししたくなったんだよ。俺たちが示した原則も理解し、ちゃんと約束を守ってくれる。だからこそうまく行ったんだ。

 だが今俺たちの目の前にいるインテリ風のおっさんは、絵に描いたような慇懃無礼でなにげに態度がでかい。億金積まれても依頼なんざ引き受けたくない。
 でも引き受けられないという理由を示すためには、依頼者に一度は会わないとならないだろう。仕方ない。引き受ける前提ではなく、お会いしてから可否を決めますと原点までしゃにむに押し返した。




(クロマツ)



「なるほどね」
「うん、これは厄介だわ」

 最初に無理やり依頼をねじ込もうとしたあのいけ好かないおっさんは、依頼者ではなく依頼者の秘書。依頼者は若い男性議員さんだった。
 なぜイメチェンを図ろうとしているのか。酒に酔って、とんだ醜態を晒したからだ。痛飲、泥酔した挙句に暴言を吐き散らかして暴れ、救急車と警察の世話になってしまった。清廉というこれまでの印象は木っ端微塵。ダーティーなイメージがべったりへばりついた。このままでは次の選挙を勝ち抜けないと、秘書が一計を案じたわけだ。

「イメチェンのプロにすがりましょう!」

 ……で、俺たちのところに来たということ。そして、ご本人は議員という身分を鼻にかけて威張り散らかすようなところが全くなく、腰が低くて借りてきた猫のようにおとなしい人だった。
 なるほどなあ。議員の激務をこなすだけでもストレスフルなのに、党の方針に従わなくてはならないから自分の意思や意見を直に出せない。溜まりに溜まった鬱憤が酒を飲んだ時にどかんと爆発してしまったんだろう。

 見るからに重圧に弱いタイプで、本人も正直にそう言っている。つまりイメチェンするなら、重圧をものともしないタフマンを目指せばいい。あの秘書のおっさんが望んでいるのもそういう方向だろう。
 甲冑を連想させるごついファッション。意思を貫く強さを漂わせる髪型やメイク。通る声できっぱり持論を言い通す話術。俺たちでなくとも、何をすべきかはわかるはずだ。だが……。

 ご本人に、依頼は引き受けられない旨を伝えることにする。

「秘書さんには何度説明してもご理解いただけなかったので、あなたに直接説明させていただきますね」
「はい」
「私どもでは、ご自身が現状に満足できない、どうしても変わりたいという切羽詰まった願望をお持ちの方に、イメージ転換に必要なアドバイスをさせていただくことにしています」
「存じております」
「つまりですね。イメージを変えるのは、お客様の理想に近づくための手段に過ぎないんです。お客様が目指す方向は、あくまでもご自身に決めていただかなくてはなりません」
「……はい」

 一度ばふっと大きな溜息をつき、それから言いにくいことをずばっと言わせてもらった。

「ウサギにトラの着ぐるみを着せても、中身がウサギだということは早かれ遅かればれてしまいます。あなたが本心からトラになりたいと望んでいるのならば、そのお手伝いをすることはできるんですが」

 妻が、すかさずフォローした。

「わたしには、そう見えないんですよ。あなたは、むしろずっとウサギのままでいたいと願っている。違いますか?」

 しばらくじっと黙り込んでいた議員さんが、小声で事実を認めた。

「その通りです」
「でしたら、目指す方向は秘書さんが望まれているのとは逆でしょう。無理をしない。弱さを認める。素の自分をストレートに晒す。中途半端にイメージという装甲を固めるのではなく、むしろ虚飾を徹底的に排除して身軽になった方がいいと思うんです」
「は……い」
「それならお手伝いできますけれど。でも、ね」

 そう。ナチュラルなスタイルを目指すのであれば、議員という装甲の必要な仕事がさばけなくなる。だから引き受けられないって言ってるわけ。

「黒く見えても白く見えても、あなたはあなたなんです。あなたご自身のことはあなたにしかわかりません。あなたがどうなさりたいか、何を目指すかをきちんと決めた上で、どうしても私どものお手伝いが必要だということであれば、またお越しください」

 一応、最低限の面談とアドバイスはしたんだ。それも無料でね。問答無用のお断りではないから、秘書のおっさんには言い訳が立つ。それで勘弁してもらおう。
 今後も絶対に引き受けないということじゃない。あくまでも、依頼者本人の切望があってこそのイメチェンなんだ。イメチェンまで第三者が仕切るなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。




(クロマツ)



 それからしばらくして。議員は被り物を脱いでウサギに戻った。弱い自分はとても政務の重圧に耐えられないと正直に告白し、深々と頭を下げて詫びた。

「私に投票してくださったみなさんには、大変申し訳ないと謝るしかありません。弱い私なりにできることがあったのかもしれませんが、私が壊れると多くの方々にもっと深刻な迷惑をかけてしまいます。辞職という私の決断を、どうか認めてください」

 記者会見の様子を妻と見ながら、揃って苦笑する。

「実に見事なイメチェンじゃん。俺らが手伝う必要なんかどこにもないよ」
「でも、あの秘書みたいないけ好かないおっさんが代わりに出てくるんだよね」
「悪い意味で内外一致だからなあ。俺様イメージを変えるつもりなんかこれっぽっちもないんだろ」

 なんだかなあ……。





Flight Of The Inner Bird by Yehezkel Raz & Sivan Talmor


《 ぽ ち 》
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