読書ノートの252回めは、加納朋子さんの『ささら さや』(2001年発表。文庫版は幻冬者文庫)と藤野恵美さんの『ハルさん』(2007年発表。文庫版は創元推理文庫)です。

 加納さん、藤野さんのご両名についてはこれまで何度も作品を取り上げていますので、略歴等の紹介は省きます。
 加納さんは暖かいトーンの日常系ミステリーを得意とされる作家さん。本作を端緒とするささら町シリーズは初期の代表作と言ってもいいでしょう。
 藤野さんは若い読者向けの青春ものを多く手がけられていますが、本作は珍しく成人男性が主人公です。

 この二作を同時に取り上げたのは、設定に近似点があるから。片おしどりになってしまった妻、もしくは夫の奮闘記で、しかも変則です。読み比べてみたいと思います。







 あらすじ。
 まず『ささら さや』。八章立てで、それぞれの章が独立したミステリーの構造になっています。
 最愛の夫との間にユウスケという息子を授かり、ささやかな幸せに浸っていたさや。その幸福が突然暗転します。目の前で夫が轢死してしまうんです。資産家の夫の親族に一粒種を狙われるようになったさやは、悲しみにくれる暇もなく亡くなった伯母が遺してくれた家に隠れ住もうとユウスケを連れて佐々良(ささら)町に向かいますが、気弱でお人好しのさやは危なっかしいの一言。はてさて……というお話。

 次に『ハルさん』。こちらも独立した五章立てですが、娘のふうちゃんの成長に沿って展開されます。
 主人公は春日部春彦。通称ハルさんという人形作家です。妻の瑠璃子は一人娘の風里(通称ふうちゃん)がまだ幼い頃に逝去。男手一つで娘を育てていますが、心配性のくせに仕事に没頭すると周囲が見えなくなるハルさんには、ふうちゃんの微妙な変化がなかなか読めず、失敗ばかり。……というお話。




(ランタナ)



 感想の前に、この二作の共通点についてちょっと。
 最初に片おしどりの奮闘記と申し上げましたが、実はそれだけが共通点ではありません。亡くなった片割れが生き残った方に助力、助言するという変則の幽霊譚になっているんです。親として未熟な部分を幽霊が手助けするものの、本人の成長と周囲のサポートで育児をやりこなすという構図が二作に共通なんです。

 ただ、ミステリーの使い方がかなり違います。『ささら さや』の方は、ミステリーをさやの外に置いてあります。すでに両親がいない孤独なさやに理解者を作る……その接点作りにミステリーを使っているんです。
 対して『ハルさん』の方は、ミステリーの元は全て娘のふうちゃん。父親として未熟なハルさんがなかなか掴めない娘の心情と行動を理解するために、ふうちゃんにミステリーを作らせているんです。

 ミステリーの使い道が違いますので、読後の印象も微妙に影響を受けます。『ささら さや』では、ユウスケを守りきったところで一段落という感じで、不完全燃焼感が残ります。そりゃそうですよ。本作のセッティングは『てるてる あした』『はるひのの はる』という佐々良町シリーズとして続きますから。
 一方、『ハルさん』の方はハルがふうちゃんの結婚式にこれまでのことを回想するというスタイルで展開されますので、エンディングはすっきり。

 でも、主人公とその子供だけでなく、周囲の人をとても暖かい視線で見つめ、配しているところは共通ですね。だから読後に心が温かくなるという点では甲乙つけがたいです。また、両作とも故人からの離陸という重いテーマをしっかりこなしていますので、決して読み流すタイプの作品ではありません。文章のボリュームに似合ったプレゼントをしっかりもらえると思います。

 加納さんの作品では、さやを支えるあくの強い三人のお婆さんがとてもいい味を出していました。サブキャラの作り込みが緻密な加納さんらしいですね。もちろん、善人とはとても呼べない人物群もきっちり描かれています。ただ、真っ黒じゃないんですよ。そこが加納さんだなあと。
 藤野さんの作品では人物群がかなり絞り込まれています。ハルの目がいつもふうちゃんに向いていますから、どうしてもそうなりますよね。そして視野の狭いハルを支えているのは亡き妻だけではなく、人形作家としての確かな技量を認めて物心両面で支えている浪漫堂の店主。ファニーな見た目なんですが、彼が陰に陽にハルを支え続けることで話が絵空事で終わらない芯が通っています。藤野さんは結構サブキャラに変化球を持ってくるんですが、本作に関しては直球でした。そこがすごく良かったかも。
 両作とも、トーンとしては徹底して暖色系です。ミステリー特有のエッジ感がない代わりに、安心して読み進むことができます。




(シクラメン)



 テクニカルなところを。

 『ささら さや』は、とても変則的な文章で、一人称、三人称がごっちゃ混ぜ。視点も頻繁にあちこちに飛びます。普通はとっ散らかった印象になるはずなんですが、さやの行動に沿って順次展開される(時制が逆転しない)ので、筋を追う苦労はありませんでした。ここらへんは手慣れた感じですね。
 感想のところでも述べましたが、サブキャラの三人のお婆ちゃんがとにかく出色の出来。ばあちゃんズあっての本作でしょう。その他の人物描写もとても豊かなので、人を楽しむ作品なんだなあと。修辞も人物にしっかりフォーカスされている印象でした。

 佐々良町に逃げてきたけれどもう逃げ道はないというところから、周囲のサポートの手を取り運命に立ち向かう気概を見せるまでの成長の足取りは、結末がわかっていても思わず応援したくなります。そのプロセスに余計な綾を入れなかったことが、本作をとても魅力的にしていました。

 『ハルさん』は、生活と父親業の両立に四苦八苦しているハルにしっかりフォーカスされている一人称。読者はすごく心情移入しやすいです。
 組み込まれているミステリーの底を深くしすぎず「なあんだ」の線で収めているのは、父娘の心の通い合いをメインテーマにしている藤野さんのテクニックでしょう。加納さんの作品と同じように心情描写に多くの筆を割き、情景描写はむしろ簡素化されています。一人称の制限を逆に利用しているのでしょう。本作に関してはとてもはまっていたと思います。
 ただ藤野さんの癖だと思うんですが、心中のセリフをカッコ書きするんですよ。それが全てハルさんの独白ならいいんですが、瑠璃子さんの助言も同じスタイルなのがちょっと……ね。(^^;;

 あ、そうだ。これだけは書いておこうっと。両作とも亡夫、亡妻が遺された片割れに手を貸しますが、加納さんの方(亡夫)がずっと行動的で、藤野さんの方(亡妻)は控えめな助言でとどめているんです。ここらへんに、ちらっと性差があったかなあと思ったりして。

◇ ◇ ◇

 どちらもとてもいい作品だったので、もう少し内容にも踏み込んで書きたかったのですが、暖色系であっても形式としてはミステリー。ネタバレになってしまうと魅力を損ねてしまうので、このくらいもやっとしか書けませんでした。
 ぜひ読んでみてください。(^^)/


 次回の読書ノートは、中田永一さんの『くちびるに歌を』と辻村深月さんの『島はぼくらと』です。





Sand & Water by Olivia Newton-John, Beth Nielsen Chapman & Amy Sky


《 ぽ ち 》
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