《ショートショート 1441》


『廃墟と街路図』


 俺は流れの旅人だ。行く先々でちょっとした面倒事を解決し、その報酬で飯を食っている。
 昨日は、前の町で一仕事終えてちょっといい気分だったんだ。酒場で一杯やりながら上機嫌で晩飯を食っていたら、時代がかった妙ちきりんな服を着た若い男に声をかけられた。

「おやっさん、一人かい?」
「ああ、旅人だよ。前ンとこの仕事が一段落したからこの町に来たんだ。しばらくのんびりさせてもらう」
「へえー」

 ガイと名乗った若い男は、服装も変だったが、態度も変だった。コソ泥か詐欺師かチンピラか、いずれにしてもまともな生き方をしているやつには見えなかった。ただ……カネの匂いがした。案の定、ガイは胡散臭いやつにふさわしい胡散臭い話を切り出した。

「なあ、おっさん。儲け話があるんだ。手伝ってくれないか?」
「儲け話、ねえ」

 気のないふりをして、何を言い出すかを待ち構える。

「墓荒らしをしたいんだよ」
「墓ぁ? おいおい」

 墓地をうろうろすれば、すぐ人目について御用になってしまう。呆れ顔の俺を見て、ガイが慌てて説明を足した。

「墓って言っても俺らの代のじゃないよ。うんとこさ古いやつだ」
「そらあ、墓荒らしとは言わん。遺跡荒らしだろ」
「そうとも言う」

 だめだ。こいつ、相当に頭が悪い。こんなやつの持ち出す話は胡散臭い以前に穴だらけだろう。一々付き合っていたら、体がいくつあっても足りなくなる。

「やなこった。遺跡なんざはるか昔から墓泥棒の稼ぎ場だよ。お宝なんか残ってるわけないだろ」
「そこだ」

 ガイがごそごそと上着の裾から取り出したのは、時代ものの地図……いや街路図だった。

「あの遺跡には強烈な呪いがかかっていて、お宝のある石室にたどり着くにはテクニックがいる。街路図がないとどうにもならないんだ」
「それは分かるが、あんたはその街路図をどうやって手に入れたんだ?」

 もごもごと言い淀んだガイが、どもりながら答えた。

「ひ、秘密だ」
「ガキのままごとじゃないんだ。パチもんの地図を信じて呪いの巻き添えを食ったら、即人生詰みになる。そんなもんには付き合えんよ」
「これは本物だっ!」

 血相を変えてガイが怒鳴った。酒場の連中が、いつものが始まったかと俺たちを見ている。見境なしの勧誘はいつものことなんだろう。

「そうだな。おまえさんがそいつで俺をお宝の前まで連れていってくれるんなら、信用してやろう」

 ガイが喜色満面で廃墟の前で待っていると言い残してさっと酒場を出て行った。成り行きを聞いていた客たちが、真顔で俺に忠告する。

「たまぁにバカがついていくんだが、それきり戻ってこねえ」
「あいつぁヤバいよ。向こうで待ってるのは盗賊の仲間だ。あんたぁ身ぐるみ剥がされるぜ」
「いや、それじゃあ済まねえぞ。殺されるかもしれん」

 廃墟が盗賊の巣だと思われてるみたいだな。俺はにやっと笑って切り返した。

「心配すんな」

 手にしていたコインを、指で挟んで真っ二つに折り曲げる。

「おおおおっ!」

 酒場の客たちが一斉にどよめいた。

「おっさん、怪力じゃねえか! 見かけによらんな」
「すげえ! 大したタマだぜ!」
「おい、奢らせてくれ!」

 という流れで飯と酒がタダになった。こりゃあ幸先がいい。ちなみに折り曲げた硬貨には最初から切り目を入れてある。誰がやっても簡単に潰せる。






 ガイから渡された街路図は原本の写しだが、鮮明だ。絶対に無くさないようにとくどいほど念を押されている。そいつを片手に廃墟に踏み入ったものの、どうにも会話が噛み合わない。

「地下迷路を進むならともかく、廃墟は地上だ。目標地点は目視できる。街路図なんかいらんだろう」
「廃墟と言ったって見通しのいいところばかりじゃない。入り組んだ迷路だったら、地図がないと居場所がわからなくなる」
「入り組んだ……ねえ」

 元々は迷路のように道が配されていたのかもしれんが、今は一面瓦礫の山だ。道はあってないようなもの。遺跡を真っ直ぐ突っ切って石室に向かうのに街路図なんざいらんよ。だが街路図を無視して歩くと呪いで別の場所に飛ばされ、同じところを永遠に歩かされるってとこだろうな。

 で。ガイのやつ、どうしようもなく落ち着きがない。なあに、あいつが考えていることなんてすぐわかる。あいつは俺を独りにしたいんだ。
 もよおしたとか怪しい物音がするとか、何か理由をこじつけてどこかにとんずらするだろう。困った俺は街路図を頼りに自力で廃墟を脱出するか、お宝のある石室に向かわないとならないが、地図はやっぱりぱちもん。街路図だけじゃ、呪いによる惑わしを回避できない。本物は、呪いの影響を回避できるルートに線が引いてあるはずさ。

「済まん、おっさん。俺はちょい用を足してくる」
「すぐ戻ってこいよ」
「わかってるって」

 予想通りで、姿をくらましたガイはいつまでたっても戻ってこない。あいつは俺をはめられたと喜んでいるだろうなあ。あほう。地図はとっくに本物とすり替えてある。しばらく散歩しとけ。

◇ ◇ ◇

 街路図がなくても石室にはたどり着けるんだが、面倒だから地図の指示通りに石室へ向かう。石室にお宝? ありえないよ。石室は封印のための檻だ。中には魔物が囚われている。檻の中にいても魔力はある程度使えるから、興味半分で石室に近づいた人間を支配し、そいつに獲物の人間を誘導させているんだ。ガイは従僕(しもべ)なんだよ。

「よう、グルタ」

 真っ暗な石室に入って声をかける。しゃがれた貧相な声が返って来た。

「誰だ」
「俺だよ。ロームだ」
「ローム?」

 同業者だとわかってほっとしたのか。がりっがりに痩せた魔物がよろよろと歩み寄って来た。

「おまえなあ。あんな脳足りんを従僕にしたんじゃ使い物にならんだろ」
「そうなんだが……。頭がいいやつはここに近寄ってこない。来るのはバカだけだ」
「それもそうか。だが従僕だけでなく、おまえも相当思考がぽんこつになってるぞ」
「む……」

 言い返したくても骨と皮の状態じゃ何もできないんだろう。グルタが黙り込んだ。

「人間を食って魔力を取り戻し、魔王に戻ってここを打ち壊す……ってとこだろ」
「悪いか?」
「無理だって。あんなバカが従僕じゃ、だあれもひっかからん」
「う……」

 やれやれ。

「それにな。あんたが封じられた千年前は、ここにあんたを封じ続けるための大寺院が建っていた。今は単なる瓦礫の山だ。あんたが打ち壊すまでもない」
「な……にぃ?」
「あんたの封印はとっくに解けてるのさ。いつでも出られたんだよ」
「そんなあ」

 ひりひりひり。頭が痛くなってきた。

「まあ、いい。もう一回、魔界で修行しなおしてこいや。千年前の服装で従僕をうろうろさせたら、気味悪がられるのなんか当たり前だろが」






 グルタを干からびたトカゲに変えて魔界に落とし、ガイの呪いを解除した。千年間グルタにこき使われていたかわいそうな男は、跡形もなく消え去った。お疲れさん。

 これで、また一つ仕事が終わった。廃墟と街路図は、この町の人間たちが高難易度の迷路を備えたエンターテインメント施設として利用するだろう。俺がそう唆しておいたからな。

「プランが当たれば俺は感謝され、また奢ってもらえる。バカな従僕に頼らなくてもタダメシが食えるってことさ。こんな風に少しはアタマを使えよ、グルタ」





Devil Don't You Fool Me by Josh Farrow


《 ぽ ち 》
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