《ショートショート 1435》


『洞門』


「この洞門をくぐったが最後、二度と戻れない。そういうことなんだな」
「ああ。これまで洞門に踏み込んでいった勇者たちの誰一人として帰還していないんだ」
「ふむ」

 洞門か。ダンジョンの入り口にしてはどうにももやっとしていてお粗末だが、見かけで判断してはいけないのだろう。
 俺は、人一人がやっと潜り抜けられる大きさしかない粗末な洞門の前でしばらく考え込んでいた。




(コクサグモの巣)



 俺はワイルと言う。魔導師だが、華やかな活躍歴は一つもない。当然知名度もそれなりだ。だが、魔導師としての腕前はトップクラスだと自負している。
 なぜ腕こきの俺が雌伏したままなのか。腕に物を言わせるとおまんまの食い上げになるからだ。魔導師という商売は華やかで格好良く見えるのかもしれないが、実は結構厄介でね。腕こきになるほど、依頼が来なくなってしまうんだよ。

 考えてみてくれ。化け物退治にしても面倒な叶えもの系にしても、上級の魔導士になればオーダーをやすやすとこなせる。魔導士一人で何でも片付いてしまうので、勇者だの坊主だの聖者だの、そういう連中の活躍の場がなくなってしまうのだ。当然、自力でなんとかしたいスレイヤー(退魔士)たちは腕こきの魔導士を敬遠するようになる。

 俺は最上位のマスタークラスなんだが、まるっきり魔法行使の依頼なんざ降ってこない。それじゃあ暮らしていけないので、アドバイザーで飯を食っているわけ。まだまだ修行が必要な初級、中級クラスの魔導士にいろいろ知恵をつけるってやつだな。
 ただ。アドバイザーってのも意外に難しいんだよ。アドバイスが不適格だったりいい加減だったりすると、依頼者の生命に関わってしまう。かと言ってあまり懇切丁寧に教えると何の危険も波乱もなく事が終わってしまうので、そいつらの訓練にならない。微妙な匙加減が求められるんだ。
 まあ、数をこなしているうちに勘どころはわかってくる。左団扇で暮らせるとは行かないものの、食うに困らない程度の生活はできていた。

 そんなわけで、俺が自ら魔法を行使する機会というのはついぞなかった。久しぶりに相談ではなく退魔依頼という形でクエストが持ち込まれたので、ちぃとばかり浮き浮きしていたのは事実だ。俺が直接出張らなければならないほどの難敵には、ここ数百年出会っていなかったからな。

◇ ◇ ◇

 依頼を持ち込んだのは同業者のフリッツだ。かなりの使い手だから、あいつが護りを担えば、同行者がよほどのあんぽんたんでない限りクエストはクリアできる。

 そのフリッツが二の足を踏む緊急事態が発生しているらしい。王室の国家保安局からではなく、国王直々に「確実に退魔せよ」という命令が下され、腕こきばかりのパーティーがいくつも組まれてダンジョンに踏み込んだものの、誰も帰ってこない、と。当然、中にいる厄介なやつに全滅させられたんだろう。

 パーティーには漏れなく中級以上の魔導士が付いているし、彼らの実力をもってすれば魔王クラスでも恐るるに足らずのはずなんだが……。

「護りが効いてないってことか」
「ああ。攻守ともに魔法が効かない相手だと、攻略がものすごく厄介になる。上級クラスの連中さえ何人もやられてるからな」
「踏み込んだ連中の遺体は?」
「一切残っていない。消失だよ」
「なるほどな」

 ダンジョンのボスキャラが『別空間に飛ばす系』魔法を使えるやつなら、痕跡なしで全滅ってのもわからなくはない。だがバックにいるやつが大物だとすれば、こんなまどろっこしいやり口でスレーヤーをちびちび潰すはずがない。腕にものを言わせて、大規模に攻め込んでくるはずだ。

 とか、考えているうちに。目の前の洞門がすうっと消えた。

「ふむ。移動洞門ねえ」
「珍しくはないんだが、厄介なのは間違いない」
「消えたままずっと出てこないわけじゃなく、別の場所に洞門が開くということだな」
「そうだ」
「レデ!」

 探索の魔法を用いて、洞門の位置を特定する。消えた場所からそれほど離れていない農地のど真ん中に洞門が開いていた。

「構造物を伴わない不鮮明な洞門……か」
「そう。もちろん、今おまえがやったみたいに移動先を特定するのは難しくない。だが、いつ消えるかわからない洞門に踏み込む場合、備えが難しいんだよ」

 フリッツが再び消えそうになっていた洞門をじっと睨みつけている。

「ちょい、やってみるか」

 畑土の上に落ちていた藁に魔法をかけ、動くかかしにして洞門をくぐらせる。もちろん操り糸はつけてある。

「む!」
「何かわかったか?」
「なにも起こらん」
「は?」
「ふむ。傀儡(くぐつ)を使うにも、いくらか手間がかかるということか」

 ただ、かかしにつけてある糸から必要な情報は得られた。大体のあたりはついたので、糸を切る。かかしとの接続が切れると同時に洞門が消えた。

「あいつら、生き物とそうでないものの区別をつけてるんだよ。絡繰りには一切反応しない」
「ええっ?」

 フリッツのびっくり眼を見て、思わず苦笑する。

「備えあれば憂いなし。その備えをさせないのが連中の作戦さ。まあいい。わかれば対処できる」
「すぐに踏み込むのか?」
「いや、備える。それがあいつらの嫌がることだからな」

◇ ◇ ◇

 対策用のグッズを携行し、いざダンジョン攻略。フリッツには洞門の前で待機してもらう。

「まず、香を焚いて、と」

 洞門の入り口で大量の香をもくもくと焚き、頃合いを見て中に入った。

「おい、フリッツ。もう大丈夫だ。入ってみろ」
「魔法、使ってないが」
「使うまでもないよ」

 おっかなびっくり入ってきたフリッツが、予想外の光景を見て絶句している。床にごろごろと魔物が転がっている。まさに死屍累々だ。

「な、なんだ、これは!」
「見ての通りでスパイダーだよ。本来、冒険初心者向けの雑魚キャラだが、特異進化したんだろう」
「進化だと?」
「そう。獲物を捕るために網を張るんじゃなく、洞門と身を潜める場所を作って急襲する」

 足元の死骸を蹴って裏返しにする。大顎が鋭く長いソード(剣)になっている。

「魔法ってのは、対象を特定できないとひどく効果が落ちる。護りの魔法でも同じだ」
「ああ」
「だから、魔導士が一番苦手にしているのは物理攻撃なんだよ。こいつらの攻撃は速度に物を言わせる斬撃系。ギロチンだ」

 洞を見回す。いや洞と言えるほどの空間はない。実質、洞門しかないんだ。門の先はすぐ行き止まりになっていた。

「俺たちは洞門があれば、それがダンジョンの入り口であると思い込む。門しかないとは誰も考えないのさ。それに、入り口付近には雑魚しかいないと思い込んでいる。いきなりそこにボスキャラが現れるとは誰も考えない。予想できないから備えられず、油断しているから対処できない」
「常識の盲点を衝いているということか……」
「そう。ただ、進化していてもスパイダーはスパイダーさ。殺虫剤があればいちころだ」

 なんじゃそりゃという風に、フリッツがこめかみを押さえた。




(コクサグモの巣)



「ただな。そうイージーな事態でもない」
「どうしてだ?」
「連中が、勇者たちを餌にしてとんでもなく増えてるからだよ」
「う……」
「そこも思い込みが悪い方向に作用している。洞門の奥に魔物たちの組織された集団がいる……俺たちはついそう考えてしまうんだ」
「!!」
「違う。連中は単に俺たちを狩って、食って、増える。増えた分だけ、無数に洞門が増えるのさ」
「げ……」

 さて。これで任務終了なんだが、今後の食い扶持を確保するためにもう一仕事しないとならん。

「おい、ワイル。どこに行くんだ」
「王宮だよ。フリッツ、おかしいと思わんか?」
「なにがだ」
「俺が推理し、確かめたことは上級の魔導師ならすぐに気づく。必ず情報が中枢部に上がるはずだ」
「あ……」
「今回の退魔指令は王の直命だから、情報は王にしか行かん。王は洞門の絡繰りを知ってるはずなんだよ。だが、その情報がスレイヤーたちに共有されていない」
「ま、まさか……」
「スパイダーが王を食って、化けてる。そう考えないとつじつまが合わないのさ」

 王以外にも食われてスパイダーになってるやつが結構いるかもしれん。王宮そのものがスパイダーの巣になるなんざ世も末だ。
 まあいい。殺虫剤一発でけりがつく話だからな。魔法を使うまでもないってのは、いいんだか悪いんだか。

「王宮の門すら洞門化してる可能性があるな。先にバルサン焚いてからにするか……」





Evil Spider by Benee


《 ぽ ち 》
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