第三章 冬の封止 傷を封じる
第三話 バンスの苦悩 (2)
うちの工房で働いている五人の職工のうち、元妖精のサニーを除く四人は全員同じ村の出身だ。そして四人とも逃げるように村を出ている。
四人はそれぞれ家庭の事情で自分の居場所を失った。マックスとセインの兄弟は不仲の両親の一方に嫌われ、結局揃って家を出るしかなくなった。トレスは捨て子で生まれつき親がいない。養い親に実子が出来て冷遇されるようになり、しょんぼりと家を出た。そしてバンス。父親の後妻に虐待され、身の危険を感じて家を飛び出した。
俺は彼らの身の上を知っていて雇ったわけじゃない。四人がとても仲良しで、職工同士の連携が必要な工房にはぴったりだと思ったから一緒にやらないかと声をかけたんだ。
今でも職工同士の仲はとてもいい。ただ……家庭に恵まれなかったことで、誰もが所帯を持つのをためらっていた節がある。貧乏だから女っ気がなかったのではなく、家庭を築く自信がなかったのかもしれない。
そして、ミリー。彼女は本当についていない。器量も気立てもいい娘(こ)なんだが、両親が揃って手癖の悪いろくでなしだった。他の村人との間で諍いが絶えず、とうとう両親は村から追い出されてしまった。両親と違ってまともなミリーは村に残ったものの、親が親だったから誰からも煙たがられてしまう。女一人では生活も常にかつかつだ。がんばって生きてきたものの先行きをひどく悲観し、自分を封止してほしいとバンスに頼み込んできたんだ。
人の封止は、封止工がしてはいけない禁忌に必ずしも抵触しない。たとえば、医師の到着まで保ちそうにない重病人を医師が来るまで一時封止するというケースは考えうる。封止を解除する期限が明確であれば、やりたくはないもののできなくはないんだ。
しかし解除を前提にしていないミリーの依頼は、自殺幇助になるから絶対に承けられない。バンスは悩んだのだろう。封止以外の方法でミリーをなんとか助けることはできないか、と。
「ふむ。それで結婚……ということか。おまえの気持ちはどうなんだ? 彼女のことが好きで、彼女もおまえが好きなら、なんの問題もないと思うが」
「そこなんすよ」
バンスが、俯いてはあっと溜息をつく。
「俺は。俺は鈍(どん)なんすよ。恋愛には向いてない。そしてミリーは臆病っす。誰からも突き放されてきたから、人に心を預けるってことに後ろ向きになってる。どっちかがどっちかに惚れてるならきっとうまく行くんでしょう。でも……」
「なるほどな。今の時点では、結婚どころか恋人同士にすらならないってことか」
「うす。でも、ミリーは限界っす。封止を断れば、どこかで身投げするか首を吊るか。そこまで思い詰めちまってる」
俯いてしまったバンスを見て、こっそりと苦笑する。おいおい、それは違うぞ。おまえはミリーに惹かれてるんだ。ただ、惹かれている自分を素直に信じることができないんだよ。
こちこちに固まった暗い過去が素直な心の動きをねじ曲げることは珍しくない。バンスは、ミリーと同じで人との深い交流に臆病になっている。すぱすぱ割り切るのは、裏返せば割り切れるものしか近くに置かないということ。ウエットな情に触れるのをすごく怖がっていて、その事実を『鈍』という入れ物に封止しているんだ。ただ……この先工房の看板を背負うなら、厄介な封止は解いてもらわなければならない。
そうだな。継代の話を先にしておこうか。
「すまんな、バンス。おまえの相談に乗る前に、どうしても話しておかなければならないことがある」
「え? なんすか?」
「俺は、春に工房の看板を下ろす」
「えええっ?」
ミリーの話が全部ぶっ飛んでしまうくらい、バンスが激しく慌てふためいた。
「ど、どどどどど、どうしてっ!」
「理由は二つある。よく聞いてくれ」
「……うす」
いずれ継代の話はしなければならなかった。そいつはバンスと膝詰めの時にしかできない。数少ない機会を逃すわけにはいかないんだ。
「一つめ。俺にはもうおまえに教えられることがないからだ。ガラス工としても封止工としてもな。教えられている限り、教える者を超えることはできない。それ以下の職工にしかならないんだ」
バンスの肩をぽんと叩く。
「おまえにはもう独立の時期が来てるんだよ。だが俺がこの看板を背負っている限り、おまえは俺についてこようとする。それなら看板を下ろすしかない」
「……」
「二つめ。俺が下ろさなくても、看板は必ず宙に浮くんだ」
「どういう意味すか」
「俺は……たぶん運命の壁を越せない」
Winter Night by Alexander Nakarada
《 ぽ ち 》
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