《ショートショート 1426》
『研磨』 (背景 11)
「磨いて錆を落としたら、普通はきれいになるもんですよね」
「普通は、な」
「じゃあ、これは普通じゃないってことですか?」
「わかってるじゃないか」
師匠が、あたりまえのことを聞くなという風につらっと答えた。
◇ ◇ ◇
師匠と言っても、僕とそれほど年の差があるわけじゃない。口調は年寄り臭いけど、十分若者で通用する年齢だと思う。でも、僕とは立場がまるっきり違う。いや、違うなんてものじゃない。雲泥の差だ。
僕はしがない芸大生で、師匠は教授様だ。しかも国際的に名が通っていて、オープンコンテストを軒並み制覇している剛の者。大学のセンセイなんてちんけな仕事をしなくても、アーティストだけで十分食べていけると思うんだけどな。
まあ、そんな師匠に目をかけてもらえる僕は恵まれているんだろう。ただ……。
師匠は猛烈に口が悪い。ありとあらゆるものを当たるが幸いばったばったと口でなぎ倒す。製作に使うチェーンソーと大して変わらない。すぱっと切るというより力任せにぶった切る。所構わず。相手が誰であっても、だ。
そりゃあ、知名度の割にスポンサーがつかないわけだ。当然、センセイには滅多に学生が寄り付かない。そういう意味で、僕はとびきり幸運であると同時にどうしようもなく不幸でもある。
一番ありがたくて、でも一番困るのは、何も教えてくれないってこと。でも、技術なんざクソの役にも立たんと冷笑する師匠の考え方は、ぼんくらの僕にもわかる。
「こんな風にしたいというビジョンの実現に技術が必要なら、その時に仕込めばいい。技術ってのは単なる道具だ。道具は都度変わるし、いい道具使っててもアイデア腐ってるんじゃ何も出てこんわ。ぼけが!」
逆手に持った鉛筆をスケッチブックに突き立てた師匠が、中ぐらいでぼっきり折れた鉛筆を放り捨てて、けっけっけと笑った。
「おまえ、円錐形に整えた鉛筆ながめてにやにやしてるバカになりたいか? 筆記具なんてのは書いてなんぼ。それ自体が道具だ。道具の手入れで満足してるようなやつぁ、靴磨きでもやってりゃいい」
……身も蓋もない。
そんなだから、提出課題のオブジェを試作したいという僕の相談は最初から相手にされなかった。
「俺に相談する前に手ぇ動かせよ。だあほ!」
うう、その通りです。
「材料がってことだろ?」
「は、はい」
「作るものに必要な材料を集める。まず、その発想がみみっちい。んなもん、あるもので作れ。墓場にいっぱい転がってるだろうが」
返す言葉もない。師匠が高級材料で作品を作ってるなら、反論できる。でも、師匠はいつも『在るもの』でこしらえる。素材をねじ伏せる力量が桁外れに大きいんだ。僕の無力感と悔しさをまるっと踏んづけた師匠が、墓場と呼ばれている作品捨て場に歩いて行く。仕方なく、僕もついていった。
「いい感じに錆びてんな」
師匠が持っているのは、赤くざらざらに錆びついた二十センチ四方くらいの鋼板。かなり古そうだ。師匠がめんどくさそうに指示を出した。
「グラインダでちょい磨いてみろ」
「うす」
ぎいいん! 火花ときな臭い金属臭が飛び散り、鋼板の上を覆っていた錆びがあっけなく落ちていく。だけど、どんなに磨いても新品の鋼板みたいな金属色が出て来ない。薄汚い地色。奇妙にえぐれた腐食痕。
薄くてもいいから新品(さら)に近い鋼板が欲しかった僕は、がっかりしてしまった。
「これじゃあ……」
「ふん?」
僕からさっとグラインダを取り上げた師匠が、ヘッドの角で板の上にきりきりと筋を引いた。
「凝ってんな」
「え?」
「まあ、こういうアプローチもあるってこったな」
持っていた鋼板を墓場に投げ戻した師匠は、グラインダのスイッチを切るなりぼそっと質問した。
「おまえ、さっき俺に聞いただろ。錆びてるのを磨いたら、普通はきれいになるってよ」
「あ、はい」
「なんできれいにならない?」
「え……と。全部錆びてるから、ですよね」
「普通、はな」
師匠がさっき放り出した鋼板をもう一度拾い上げ、つまらなそうに眺めた。
「俺たちにはどうしても作れないものがある。時間がこさえるものだ。風化、劣化、老化。そういう時が作り出すものは、俺たちがすぐ作ることができない。錆ってのもそうさ。錆びて見えるように加工することはできても、本物の錆びは時間にしか作れないよ」
「……うす」
「だが、取ってつけた錆じゃなく本物の錆が自己表現に必要だと思えば、創出に挑戦するしかないだろ」
「これがそうだってことですか?」
「さあな。俺がこいつを作ったわけじゃないからわからんわ。けど、もし仕込んだやつがうまく行ったと判断したなら、こいつは墓場に来ない」
「あ、そうか」
鋼板を見透かして、師匠がにっと笑う。
「十分腐食の進んだ錆び板を重ね合わせる。えれえ凝ったアプローチだ。芯まで腐った鋼板の風合いにかなり近い」
「……っす」
「でもな。芯がやわなこいつは加工に強い制限がかかる。造形がとんでもなく難しくなるのさ」
がしゃん! 鋼板があっけなく墓場に投げ戻された。
「磨いてきれいにするのも、磨いてもきれいにならんものを使うのもそいつの勝手だ。好きにすればいい。ただ、さっとグラインダかけられただけで中身がなくなる薄っぺらな自我はすぐに捨てられる」
「ぐ」
師匠が容赦なく僕にグラインダを押し付ける。
「磨いてくすまなくするだあ? 削れて身がなくなるだけで、意味ないね。どんだけ磨いても際限なく汚い中身しか出て来ない方がはるかにまし!」
Rust by Yussef Dayes ft. Tom Misch
《 ぽ ち 》
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『研磨』 (背景 11)
「磨いて錆を落としたら、普通はきれいになるもんですよね」
「普通は、な」
「じゃあ、これは普通じゃないってことですか?」
「わかってるじゃないか」
師匠が、あたりまえのことを聞くなという風につらっと答えた。
◇ ◇ ◇
師匠と言っても、僕とそれほど年の差があるわけじゃない。口調は年寄り臭いけど、十分若者で通用する年齢だと思う。でも、僕とは立場がまるっきり違う。いや、違うなんてものじゃない。雲泥の差だ。
僕はしがない芸大生で、師匠は教授様だ。しかも国際的に名が通っていて、オープンコンテストを軒並み制覇している剛の者。大学のセンセイなんてちんけな仕事をしなくても、アーティストだけで十分食べていけると思うんだけどな。
まあ、そんな師匠に目をかけてもらえる僕は恵まれているんだろう。ただ……。
師匠は猛烈に口が悪い。ありとあらゆるものを当たるが幸いばったばったと口でなぎ倒す。製作に使うチェーンソーと大して変わらない。すぱっと切るというより力任せにぶった切る。所構わず。相手が誰であっても、だ。
そりゃあ、知名度の割にスポンサーがつかないわけだ。当然、センセイには滅多に学生が寄り付かない。そういう意味で、僕はとびきり幸運であると同時にどうしようもなく不幸でもある。
一番ありがたくて、でも一番困るのは、何も教えてくれないってこと。でも、技術なんざクソの役にも立たんと冷笑する師匠の考え方は、ぼんくらの僕にもわかる。
「こんな風にしたいというビジョンの実現に技術が必要なら、その時に仕込めばいい。技術ってのは単なる道具だ。道具は都度変わるし、いい道具使っててもアイデア腐ってるんじゃ何も出てこんわ。ぼけが!」
逆手に持った鉛筆をスケッチブックに突き立てた師匠が、中ぐらいでぼっきり折れた鉛筆を放り捨てて、けっけっけと笑った。
「おまえ、円錐形に整えた鉛筆ながめてにやにやしてるバカになりたいか? 筆記具なんてのは書いてなんぼ。それ自体が道具だ。道具の手入れで満足してるようなやつぁ、靴磨きでもやってりゃいい」
……身も蓋もない。
そんなだから、提出課題のオブジェを試作したいという僕の相談は最初から相手にされなかった。
「俺に相談する前に手ぇ動かせよ。だあほ!」
うう、その通りです。
「材料がってことだろ?」
「は、はい」
「作るものに必要な材料を集める。まず、その発想がみみっちい。んなもん、あるもので作れ。墓場にいっぱい転がってるだろうが」
返す言葉もない。師匠が高級材料で作品を作ってるなら、反論できる。でも、師匠はいつも『在るもの』でこしらえる。素材をねじ伏せる力量が桁外れに大きいんだ。僕の無力感と悔しさをまるっと踏んづけた師匠が、墓場と呼ばれている作品捨て場に歩いて行く。仕方なく、僕もついていった。
「いい感じに錆びてんな」
師匠が持っているのは、赤くざらざらに錆びついた二十センチ四方くらいの鋼板。かなり古そうだ。師匠がめんどくさそうに指示を出した。
「グラインダでちょい磨いてみろ」
「うす」
ぎいいん! 火花ときな臭い金属臭が飛び散り、鋼板の上を覆っていた錆びがあっけなく落ちていく。だけど、どんなに磨いても新品の鋼板みたいな金属色が出て来ない。薄汚い地色。奇妙にえぐれた腐食痕。
薄くてもいいから新品(さら)に近い鋼板が欲しかった僕は、がっかりしてしまった。
「これじゃあ……」
「ふん?」
僕からさっとグラインダを取り上げた師匠が、ヘッドの角で板の上にきりきりと筋を引いた。
「凝ってんな」
「え?」
「まあ、こういうアプローチもあるってこったな」
持っていた鋼板を墓場に投げ戻した師匠は、グラインダのスイッチを切るなりぼそっと質問した。
「おまえ、さっき俺に聞いただろ。錆びてるのを磨いたら、普通はきれいになるってよ」
「あ、はい」
「なんできれいにならない?」
「え……と。全部錆びてるから、ですよね」
「普通、はな」
師匠がさっき放り出した鋼板をもう一度拾い上げ、つまらなそうに眺めた。
「俺たちにはどうしても作れないものがある。時間がこさえるものだ。風化、劣化、老化。そういう時が作り出すものは、俺たちがすぐ作ることができない。錆ってのもそうさ。錆びて見えるように加工することはできても、本物の錆びは時間にしか作れないよ」
「……うす」
「だが、取ってつけた錆じゃなく本物の錆が自己表現に必要だと思えば、創出に挑戦するしかないだろ」
「これがそうだってことですか?」
「さあな。俺がこいつを作ったわけじゃないからわからんわ。けど、もし仕込んだやつがうまく行ったと判断したなら、こいつは墓場に来ない」
「あ、そうか」
鋼板を見透かして、師匠がにっと笑う。
「十分腐食の進んだ錆び板を重ね合わせる。えれえ凝ったアプローチだ。芯まで腐った鋼板の風合いにかなり近い」
「……っす」
「でもな。芯がやわなこいつは加工に強い制限がかかる。造形がとんでもなく難しくなるのさ」
がしゃん! 鋼板があっけなく墓場に投げ戻された。
「磨いてきれいにするのも、磨いてもきれいにならんものを使うのもそいつの勝手だ。好きにすればいい。ただ、さっとグラインダかけられただけで中身がなくなる薄っぺらな自我はすぐに捨てられる」
「ぐ」
師匠が容赦なく僕にグラインダを押し付ける。
「磨いてくすまなくするだあ? 削れて身がなくなるだけで、意味ないね。どんだけ磨いても際限なく汚い中身しか出て来ない方がはるかにまし!」
Rust by Yussef Dayes ft. Tom Misch
《 ぽ ち 》
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