《ショートショート 1422》


『苔と残骸』


 そこはちょっとした緑地だったが、地を緑色に染めているのは草木ではなくびっしりと生えそろった苔だった。
 苔の絨毯の上は滑って歩きにくいのだろう。時折あちこちによろめきながら、二人の男が緑地を見回っている。使い古しの中折れ帽を被り、くたびれた綿ジャケットの裾をばたばたなびかせながら、どた靴を踏み入れる苔の合間を探して慎重に歩いている。

 カメラとノートを携えて歩いている姿だけを見れば、学術調査を行なっているインテリに見えるかもしれない。だが、彼らは『拾い屋』だ。俗に言う遺跡荒らしである。
 もっとも、彼らが踏査している廃墟は文字通り何もない廃墟であり、出物は滅多に得られない。彼らの探査は商売というよりも趣味に近いかもしれない。

 それでも。彼らは崇高な目的のためにお宝を探しているわけではない。単に金目のものを漁っているだけだ。心根は、戦闘後にうろついていたであろう火事場泥棒と何一つ変わらない。
 当然のこと、地面を舐めるように見回している二人の視線からは欲だけしか滲み出ていなかった。

 一面に散らばっている残骸の上下にはこれでもかと苔が生えていたが、彼らは苔を無造作に踏まなかった。苔をできるだけ踏みつけないよう、よたつきながら慎重に歩いていたのである。






 千年以上昔にあった戦場での遺物は、戦闘直後から回収が始まる。戦闘兵による略奪から始まり、そのあと死者専門の剥ぎ取り屋が跋扈する。大小の金目のものは骸が片付く頃にはきれいさっぱり失われ、あとには残骸しか残っていない。
 そのあとは戦場が古戦場に変わるまでの間、歴史的な価値はともあれ物質的な価値のない単なる薄気味悪い場所として惨状を晒し続ける。
 もしその跡地が自然豊かな環境にあれば、跡地は侵入した草木によってどんどん姿を変えていくだろう。だが、地味の悪い湿地は荒れ果てたままずっと残る。せいぜい苔が出入りするくらいだ。

 誰からも無価値だとして見捨てられている土地だからこそ、彼らのような拾い屋は堂々と商売ができる。物好きなと言われることはあっても、勝手に何をしていると咎められることはないのだ。
 まさに落穂拾いのような拾い屋稼業。商売としてはあまりに効率が悪いように見えるが、出物があればちゃんとカネになる。出物とは何か。小さな遺品だ。

 貴金属を含む高価値の遺物は、当然のこと盗り尽くされている。もしそれが針の先ほどの小さいものであっても、だ。だが往時に収奪の対象にならなかったものでも、時を経れば骨董としての価値が生まれる。
 戦闘があった当初、そして往時と価値感がそれほど変わらなかった古代には、誰も価値を認めなかったありふれたもの。それらが、時の衣をまとうことで宝に化けることがあるのだ。
 骨董としての遺物は大きなものから順に回収され、王族や金持ち、博物館の収蔵品として誰にも手の届かない別世界の品物になっていく。

 しかし小物は採集者、蒐集者の目を逃れやすい。しかもそれらの遺物は、どれほど小さくても高い価値を具有することがあるのだ。
 根気と出物を探し出す嗅覚さえ備わっていれば、現代でリスクを冒して泥棒をやらかすよりもはるかに安全確実にカネを手に入れることができるのである。

「サンド。こいつなんかどうだ」

 男の一人が、うっすらと苔をまとい始めていた木片を取り上げた。

「ふむ。刀の柄(つか)、か」
「ああ。間抜けが刀身と鍔(つば)を抜いて、柄なんかいらないと放り出したんだろう。柄の装飾……おそらく象嵌だろうが、そいつももう抜き取られている。木だけだな」

 木片を受け取ってじっくり見ていたサンドという男が、うっすら笑った。

「こらあ、ラッキーだな。泥の中にずっと埋もれていたのか、腐ってねえ。金目の部分だけ回収したってこたあ、権力者のお飾り剣だ。柄にも舶来の高級材を使ってるはず」
「細工の跡が崩れずにしっかり残ってる。職人もいい仕事してるぜ」
「まあな」

 泥と苔を慎重に拭き落とした男が、それを緩衝材で包んでからラシャの袋に収めた。

「マディ。今日のアガリは、こいつ一つで十分だ」
「そこは漁らんのか」

 柄を見つけたマディがサンドの足元を指差す。苔の合間にぽっかりと穴が空いていて、掘れば何かが出てきそうな気配がぷんぷん漂っていた。






 サンドは、笑顔を消して無表情に戻るとゆっくり首を振った。

「そこを掘ると、改変の跡がくっきり残っちまう。苔を極力荒らさないこと。残骸をそのまま残しておくこと。それが、俺たちの漁場を長く残すコツだ」
「……なるほど」

 顔を上げたサンドが、二人以外誰もいない荒れ地を見回す。

「ここに苔と残骸しかない間は、漁場を独占できる。だが俺たちの存在が価値の証明になってしまったら、一巻の終わりだぜ」
「う……む」
「俺たちもまた、ここではずっと遺跡の一部……苔と残骸でなければならないってことさ」





Morgana by John Renbourn


《 ぽ ち 》
 ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村