桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第11話 まだそこにいる(2)


 でも、めーちゃんは納得していなかった。

「理解者が必要?」
「え?」
「一人でも理解者がいたら、ここまで崩れてないと思う。さっきルイが言ったみたいに、ただ『人』であればよかったんじゃないかなあ」
「あ、そうか。人の気配があれば寂しくないってことか」

 人である必要はない。気配だけあればいい。そういう考え方もあるのか。ロダンの考える人みたいなポーズを取っためーちゃんが、ゆるっと首を捻る。

「だけどさあ。この家にこだわる理由にはならないよねー。借りてくれる人が現れない限りこの家は無人だもん」
「しかも三村さんが潜ってからは、借りた人が怖がって逃げ出しちゃってるからなあ」
「寂しいからここに居てっていうより、関係ないやつは出ていけみたいな。むしろ排他のニュアンスを感じるの」
「確かにそうだ」

 人の気配……気配……か。私は、これまで感じていた気配を三村さんだと思い込んでいた。本当にそれは三村さんだったんだろうか。三村さんが必要最小限しか『上』に来ないなら、岡田さんが頭を抱えるほどの幽霊騒ぎにはならないはず。

「まだそこにいる、のかもしれない」
「え?」

 ぎょっとしたようにめーちゃんが私を凝視する。

「さっき。三村さんを待ち伏せしている間に、何かがリビングを横切ったんだ」
「……」

 めーちゃんが、ざあっと青ざめた。

「そ、それって」
「でもね。どうも幽霊っていうのとは違う。何か、気配のような」

 論より証拠。試してみよう。リビングの明かりを消して、部屋を真っ暗にする。椅子に戻って気配を探った。いや、探るまでもなかった。『それ』はすぐにお出ましになった。腰を抜かしためーちゃんが、手をでたらめに振り回す。

「で、でーででで、でででででー」
「出たね」

 うっすらとはしているけど。それはまさに幽霊だった。若い女性の幽霊。しきりになにかを探して、リビングをふらふら歩き回っている。

「足、あるじゃん」

 しばし呆然としていためーちゃんが、開口一番のたもうた。見るとこそこ? ……みたいな。

「てかさ、めーちゃん。おかしくない? あの幽霊、私たちにちっと関心を示さないの。何か探してるっぽいけど、私たちは全く目に入ってないよ」
「……そうだ」

 さっきまで恐怖のどん底に落ちていためーちゃんが、冷静な観察者に戻った。そして、私より先にあることに気づいた。

「ねえ、ルイ。この幽霊の顔に見覚えがある」
「あ」

 言われてみればそうだ。誰かに似ている。似ているというか、本人そのものみたいな。

「三村さん、だよな。若いけど」
「分裂した?」

 めーちゃんの思いつきはとんでもないけど、あながち外れでもないような気がした。

「さっき私が言った、理解者。誰にでも一人だけは必ず理解者がいるんだよね」
「自分自身でしょ?」
「そう。だけど自我っていうのは揺らぐものだと思う。私は今でも揺らいでる」
「……」
「つまり自分自身は、理解者であっても一緒に揺れてしまうんだ。三村さんのそういう姿が、あんな風に見えるのかな」

 眉根にくっきり深い皺を寄せてじっと考え込んでいためーちゃんが、ぼそっと言った。

「思い出した」
「何を?」
「源氏物語の中に、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)っていう女性がいる。恋敵の葵の上に祟る生霊(いきりょう)の主(ぬし)なの」
「生霊! 生きながら……か」
「うん。すごくかわいそうだとは思うけど、人の強い想いって時々肉体に収まりきらなくなるのかなって」
「三村さんの場合は、その想いがもう一人の自分に凝ったっていうことなのかなあ」
「どうなんだろ。わからないけど」

 ふわふわと部屋の中を歩き回る白い影。めーちゃんは、物憂げに幽霊を見つめ続けた。
 三村さんが心穏やかな時には出てこない。孤独に苛まれている時、幽霊として現れる。明るい時には見えないから、ただの気配になるってことかな。でも、どうもしっくりこない。めーちゃんも同じみたいだ。

「三村さんがこの家に執着したのは、幽霊と一緒にいられたから? いや、なんか違うんだよなー」
「うん。三村さんには幽霊が……もう一人の彼女が見えてないと思う。もし見えたら、彼女はここにいないよー。あの幽霊の姿は、三村さんが絶対に見たくないものだもん」
「そうなの?」

 はあああっ。めーちゃんの溜息はどこまでも深かった。

「自分が幽閉されていた時の姿を、こんな風に目の前に映し出されたらどう思う?」

 一瞬で血の気が引いた。絶対に! 絶対に耐えられない。そんなのは欠片(かけら)も見たくない!

「冗談じゃない」
「でしょ? だから、三村さんは気配だけあればよかったんじゃないかな。誰かが側にいてくれる気配だけ。精神安定剤みたいなもの?」
「うーん……」

 若い頃。まだ多感とか心が幼いという免罪符の後ろに何もかも押し付けることができた頃。三村さんは、そこで自分自身を軌道修正できなかった。人との接点を全く増やせないまま、ずるずると独りの生活を続けてしまった。あの頃に戻ってやり直せたら……そういう後悔が若い頃の姿に造形されているのかもしれない。

 ゆっくり立ち上がっためーちゃんは、リビングの明かりを点けて戻ってきた。

「まだそこにいる、けど。わたしたちは何もできないし、彼女もわたしたちには何もしないと思う。慣れるしかないね」
「そうかなあ。三村さんがここを離れたから、幽霊は自然に消えるような気がする」
「消える?」
「うん。気配とか幽霊っていうのは三村さんではなく、この家自体かもしれないと思ってさ」
「……」

 三村さんは、生き霊を作り出せるほどのエネルギーを持っていない。それより、この家の憑座(よりまし)になったと考えた方が自然なんだ。三村さんがこの家に執着したんじゃなく、この家が彼女を引き止めたんじゃないかな。お願い、行かないでって。

「この家自体が人としての気配を持っているとすれば。三村さんが一番安心できる場所はここしかない。きっと、寂しい者同士で寄り掛かりあったんだよ」

 わずかに苦笑いしためーちゃんが、ふわあっとでかいあくびをぶちかました。

「そういうことにしときましょ。もう休まなきゃ。明日はバイトだし」
「あ、そうだ。朝一からだよな」
「うん。わたしたちまで幽霊になるわけにはいかないもの」









Here We Stay by Harry Pane


《 ぽ ち 》
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