桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-
後章 幽霊探し
後章 幽霊探し
第9話 なぜ、を掘り下げれば(2)
「でもさー、ルイ。それなら、三村さんはどこに住んでるの? スーパーだと見つかるリスクが大きすぎるよね」
「私もそう考えたの。だから、ここ、だと思うよ」
足元を指差す。
「ええー? 向こうでは生身で、ここでは幽霊になるわけ?」
「んなわけないじゃん」
苦笑まじりに、前にめーちゃんがぶちかました大ぼけを引っ張り出す。
「どこでもドア……って言ってたよね?」
「ううー」
「そんなものは現実にはない。つまり固定されているドアは必ずあるわけ。ただし、一箇所ではなく二箇所に」
ぱん! 両手でテーブルを叩いて、興奮した佐々山さんがばっと立ち上がった。
「わかったあっ!」
「わかりました?」
「そうか。地下ね」
「私はそう考えました」
「あ……」
めーちゃんが、そろそろと視線を足元に落とす。
「佐々山さんの最初の説明がヒントになったんですよ。ここは家の基礎がしっかりしてるって。他のお宅よりも床下が深いんじゃないでしょうか」
「……」
何かを思い返すように考え込んでいた佐々山さんが、ふっと顔を上げた。
「そう言えば、義両親に昔のことを聞いたことがあったの。この辺りは戦時中空襲に見舞われてる。しっかりした防空壕があったからうちは助かったって言ってたの。三村さんも、前のオーナーとそういう話をしていたのかもしれないわ」
防空壕! 知らなかった……。
「今どうなっているのかわからないけれど、もし残っていたら。そしてスーパーの敷地にも繋がっていたら。三村さんが何もかも自分で準備しなくても済む。時間をかけて床下の居住空間だけを確保したのかもしれないわね」
「ええ。床下から床板を持ち上げて室内に出られる小さなドアが一番奥にあるはず。それだと、家の外には跡が残らないんです」
「で、もう一方のドアはスーパーの敷地内のどこかにつけられているということね」
「はい。ごく限られた範囲で生活が完結しているから、気配を最小にできるんじゃないかな」
めーちゃんがエアコンを見上げた。
「そっか。スーパーが開いている間は冷暖房完備だー」
「うん。でも、洗濯とお風呂だけはどうしようもない。洗濯は溜めるだけ溜めてコインランドリーでなんとかするにしても、お風呂は……ね。佐々山さん、この近くに銭湯ってあるんですか?」
「知らないわねえ。スパみたいなところは隣町にあったような気がするけど、入湯料が高いわよ」
「だから、シャワーを使いに来てたってことかあ」
「そう思う」
気配を消すのは、バレないようにするためだけじゃないと思う。気配が消えるくらい日常生活を切り詰めないと、暮らしていけないからだ。
「洗濯とシャワーを除外できれば、大量の水は要りません。トイレはスーパーで済ませればいい。出来合いのお惣菜を買えば料理しないで済むし、ゴミも少ししか出ません。飲み物はペット茶とかで間に合ってしまいます」
佐々山さんがさらにまとめる。
「電気も、どこかのコンセントから床下に引き込むだけで済むわね。電気を食う家電がないなら、使用量も微々たるものってことか」
「でも冷蔵庫はなさそう。だからついつい冷蔵庫のプリンに手が伸びちゃったのかな」
「ありえるわ。それにしても……地下は盲点だったわねえ」
しばらくじっと考え込んでいためーちゃんが、ぐりぐりと首を振りながら聞いた。
「で、結局どうするわけ?」
「最小限の生活環境で暮らしているなら、三村さんにここ以外の居場所はないと思う。どこにも逃げられないですよね」
「ええ」
「三村さんを足止めして、もうその生活はできないよって直接言い渡すしかないです」
「天の岩戸からどうやって引っ張り出すの?」
佐々山さんの問いかけに、一呼吸置いて答える。
「私と矢口さんがここで暮らし始めてから今までの間に、バスルームが使われていたことが二回あったんです。どちらも同じ曜日でした。水曜日の深夜」
「水曜……今日じゃん」
「そう。灯りが消えてリビングに人の気配がなくなったのを確かめてから、こっそりシャワーを使いに来るんだと思う。そこを押さえます。三村さんがバスルームを使っている間は、逃げ道を完全に封じられますから」
「もし今日じゃなかったら……」
めーちゃんが怖がってる。仕方ないね。めーちゃんは、たった二回の一致なんか単なる偶然だと思ってるかも。
だけど三村さんは、私たちの行動パターンが定まっていないのに同じ曜日、時間で動いているんだ。潜伏がばれないように細心の注意を払っているという感じがしない。だからこそ、ここに誰が住んでいても姿を現してるんだろう。この家の正当な住人として自分の生活リズムを守っているみたいに。
私には、今日お出ましになるっていう確信みたいなものがあった。
「私が単独で張り込みます。もし今日何もなかったら、岡田さんに頼んで人感センサーをつけてもらうしかないかな」
「あ、そうか。夜中に誰かバスルームに入ったら携帯に知らせるみたいな……」
「うん。ただ、そこまでしなくても片がつくと思う」
「夜通し見張るの?」
佐々山さんに聞かれたから、否定する。
「たぶん、日付が変わるか変わらないかくらいの時間に来るんじゃないかな。三村さん、宵っ張りじゃないと思うんですよ」
「どうしてわかるの?」
「長くお勤めされていたから。それに、生活の中心がスーパーにあるからです」
「そうね。昼勤型ということか……」
「はい。それなら二時、三時にはならないと思うので」
しばらく考え込んだ佐々山さんが、私にリクエストした。
「小賀野さん。遅くなってもいいから、三村さんを押さえたら連絡をくれない? 小賀野さんだけだと結局騒ぎになってしまうわ」
「助かります。サポートをお願いできれば」
「ええ。『あと』のことを考えておかないと」
そのあと佐々山さんがついた溜息は、ものすごく深かった。
「はあああっ。たぶん、『なぜ』の中身は生活のことだけじゃないと思う。もっと掘り下げないと、また同じことを繰り返すわ。いつでも幽霊に戻ってしまう」
……うん。
That's Why by Yerin Baek
《 ぽ ち 》
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