桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第8話 人に戻す(1)


 喫緊の問題になっているゴミ処理。先々どうするかはともかく、今は急いで片付けなければならない現物がある。で、岡田さんが助け舟を出してくれた。

「ここのゴミやがらくたをまとめて処分することになるから、生ゴミ以外は持ってきていいぞ。その代わり、魚住さんの引っ越しゴミを運んでやってくれ」
「もちろんです!」
「助かりますー」

 魚住さんはほっとしたみたいだ。何か事情があって越してきたのなら、私たちが岡田さんに手伝ってもらったみたいに、私たちも手伝ってあげなきゃね。
 極め付けのトラブルメーカーが荻野からいなくなることを知った佐々山さんも、やれやれという安堵の表情を浮かべていた。

 さて、そろそろ戻らなきゃ……と思ったら。手に手にゴミ袋を持った人たちがわらわらと集まってきた。賃貸で入ってる人たちが、市の収集が来ていると思って便乗しに来たんだろう。岡田さんが、ぶっきらぼうに問いただす。

「当社になんの御用でしょうか」
「え?」

 中年のおばさんが、大きなゴミ袋を持ったままじりっと後ずさる。

「ここをゴミ屋敷にしていたろくでなしの残芥(ざんかい)を処理中なんです。市のゴミ収集ではありませんので、お引き取りください」

 ばっさり袈裟斬りだ。集まっている人たちはいろいろ。お年寄りもいれば、おばさんや若い女性もいる。冷ややかに彼らを見渡した岡田さんが、きっぱり引導を渡した。

「当社は、私費でゴミを処理いたします。みなさんの分はみなさんで処理なさってください」
「少しくらい、いいじゃないか!」

 少しとはとても言えない大きなゴミ袋を二つ持っていた乱れ髪のおばあさんが、ずけずけ言い放った。

「それが少しですか? 分別もしてませんよね」

 奥野っていうおっさん同様、佐々山さんの天敵の一人なんだろう。佐々山さんがおばあさんを容赦なく糾弾する。

「自分は何もしないで権利だけを主張する。そんなわがままが通るほど世の中は甘くありません」
「他のとこは集めてくれてるじゃないか!」

 必死に食い下がるおばあさんは、きっちり突き放された。

「そりゃそうですよ。四班も五班も、自治会さんがゴミステーションをちゃんと管理してます。ここ二丁目だけですよ。だあれも自治会に入らない。それだけならともかく、ゴミステーションの利用ルールをだあれも守らない。分別もせず、回収日を守らず、掃除もせず、好き勝手にぽいぽい捨てる。違いますか?」

 佐々山さんは、ずっと同じことを言っていると思う。正論をみんなが無視していただけだよね。

「あのね、市はルール違反のゴミを回収してくれないの。違反ゴミがどんどん積み重なると、不法投棄の巣窟になってしまう。だから二丁目のゴミステーションが撤去になったんですよ。今ゴミが出せないのは自業自得なんです」

 岡田さんが、さっと話を引き取った。

「ゴミは各自で始末してください。今行っている作業はゴミ屋敷の片付けであって、収集ではありませんので」

 怒り狂ってる人。がっかりしている人。ぶつくさ文句を言ってる人。いろいろなリアクションがあったけど、相手が市ならともかく、岡田さんはゴミ収集と無関係だ。持っていってくれと言えないことは誰にでもわかるだろう。
 ほとんどの人は、ゴミ袋を持ったままとぼとぼと引き上げていった。だけど、若そうな女性が三人残った。

「あなたたちは?」

 佐々山さんが尋ねる。女の人の一人が思い詰めた様子で答えた。

「ここに越してきた時、最初からゴミステーションがなかったので困ってたんです。あの、さっきの話……」
「自治会の?」
「はい。わたしたち、入れるんですか?」
「二丁目の住人なら誰でも入れるわよ。昔の町内会みたいなうるさい決まりやしきたりはなにもないわ。ゴミステーションの立ち当番とお掃除。防犯、防災の話し合い、子供の登下校の見守り。それくらいかしらね」
「会合とかは……」
「班長さんが月に一回集まるの。市からの配布物をさばくくらいかな。三十分もかからずに終わります。非加入者には配布しなくていいから楽よ」

 佐々山さんが、私たちと魚住さんを指差す。

「彼らも賃貸で住み始めたんだけど、自治会に入ってくれるって言ってるの。だからわたしが市に掛け合って、ゴミステーションを復活させてもらおうと思ってる。当番を持ち回りにできるからね」

 三人の女の人たちは互いに顔を見合わせていたけど、一番若そうな茶髪の女性がさっと手を挙げた。

「わたしも入らせてもらっていいですか?」

 それを聞いて、魚住さんがすごく嬉しそうな顔をした。佐々山さんがにこやかに応じる。

「助かるわ。ただね……さっきのおばあさんみたいな俺様が、捨てさせろって因縁つけてくる。それを押し返さないとならないの。ゴミステーションは、他の班が使ってるような籠型になると思う。当番が鍵を預かる形になるから断るのは難しくないけど」
「他の班は、ゴミ袋に名前を書いて出す方式ですよね」

 佐々山さんを補佐する。頷いた佐々山さんが、私たちを見回した。

「それは不法投棄を防ぐ自衛策であって、決まりじゃないの。でも、うちもそうしましょ。その方がすっきりするでしょ」
「じゃあ、最初のうちは私が立ち当番に付き添います。四班は男の人が立ってるっていうから」

 にやっと笑った岡田さんに、背中をばしんと叩かれる。

「やるじゃないか」
「自治、ですから。自分のことは自分で、ですよね」
「そうだな」
「でも、夜中にこっそり来たりしそう」

 めーちゃんが、大丈夫かなあという顔で通りの奥を見る。年配の人たちが文句を吐き散らしながら帰っていった方向だ。賃貸でも古株の人たちなんだろうな。確かに面倒くさそう。

「ああ、対応策があるんだ。ゴミステーションが復活するようなら、私がオートライト付きの防犯カメラをセットしてあげよう。偉そうなことを言ってるやつでも、警察が絡めば大人しくなる。貸借契約を切られたら死活問題になるからね」

 岡田さんが真面目な顔できっぱり言い切る。

「契約はほとんどの場合、一年更新だよ。貸主の都合で契約更新しないと言われれば、借りている方は文句を言えない」
「実際に打ち切られることがあるんですか?」

 借りた方が強いんやでって店長が言ってたような……。

「珍しくはないよ。不動産屋がオーナーから依頼を受けて貸してる場合とか、建て直すからどいてくれ、とかね」
「そうかあ」
「だから無理難題にびびることはない。ダメなものはダメ。そう言って押し返せばいい。小賀野さんがサポートしてくれるなら気楽だろ」




《 ぽ ち 》
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