桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-
後章 幽霊探し
後章 幽霊探し
第5話 みみっちい幽霊(1)
セピアを出た時にはにこやかだった佐々山さんが、帰り道ではずっと黙りこくっていた。行きと帰りで別人のようになっている。すごく気にはなるけど、話しかけられるような雰囲気ではなかった。めーちゃんもびびってる。
スーパーの駐車場を抜けたところで、佐々山さんが唐突に口を開いた。
「二人とも、これからお昼ご飯でしょ?」
「あ、はい。スーパーでお弁当買って済ませようと思ったんですけど」
「わかった。午後からは時間ある?」
めーちゃんと顔を見合わせる。佐々山さんは、きっと幽霊の正体に気付いたんだと思う。でも、それをなぜすぐに言わないんだろう。
「今日は二人ともバイトがシフトから外れてるので、空いてます」
「あら。もうアルバイトをされてるのね」
「レンタルショップの店員さんですー」
めーちゃんが、わたしだってそれくらいできるのよって感じで偉そうに胸を張った。でも、佐々山さんが食いついてこない。これまでにない真剣な表情で、私たちを見比べた。
「じゃあ、午後にまた伺っていいかしら」
「お待ちしてますー」
めーちゃんに向かって浅く一礼した佐々山さんは、逃げるように屋敷に駆け込んでいった。
「どうしたんだろう?」
「うー、わかんない……けど」
めーちゃんがシェアハウスの方に振り向いて顔をしかめる。
「確実に出る……ってことなんだよね」
「出る。でも、出る意味がわからない。佐々山さんも同じところで引っかかったんじゃないかな」
「そうか」
◇ ◇ ◇
シェアハウスに一人で残るのが怖かったんだろう。お弁当の買い出しはめーちゃんが行くことになった。二人で行ってもよかったんだけど、佐々山さんがシェアハウスに来た時誰もいないのはまずいから。
しんと静まり返ったリビングで、腕を組んだままじっと考え込む。気配が……消えてないんだよね。ただし、実体を失ってしまった存在があって、私たちに気付いて欲しいのに見つけてもらえないっていう幽霊の王道とは違う気がする。逆だ。見つかりたくないって、息を殺しているような……そんな感じだ。
「うーん」
幽霊って、肉体を失って意思だけが凝ったものという風に理解してたんだよね。わざわざ残そうとする意思なら、ものすごく強くなければならない。さらに、強いだけでなく何かメッセージ性を伴っているはずなんだ。でも、ここの気配からは強い意思や意図の発露が感じ取れない。
お? 帰ってきたな。怖気を振り払おうとするみたいに、ドアの開閉アクションが大きくなってる。
「お待たせー」
「ありがとう。混んでた?」
「いや、がらがら。平日の昼間だとこんなものなんだね」
拍子抜けしたという表情で、それでも恐る恐るリビングに入ってきた。
エコバッグを受け取ってお弁当を取り出し、電子レンジでチン。その間にお湯を沸かしてカップスープを作る準備をする。これからもずっとこんなお手軽食事ばかりなのはまずいんだろうけど、今日はいいよね。
「でさあ」
口いっぱいに頬張った巨大シュウマイに手を焼きながら、めーちゃんが身を乗り出した。
「なに?」
「ルイは、見当がついてるの?」
「ぼんやりとは、ね。ただ、イミフなの」
「イミフ?」
「そ」
さっきから考え続けていたことをきちんと文章にして、めーちゃんの前にずらっと並べてみる。
「幽霊の定番のセリフは『うらめしや』。されたことが恨めしいってアピールしてるんだよね」
「うん」
「ここの気配からは、何かを訴えかけようっていう意図を全く感じないの」
「あ……」
ぽかんと開けた口からシュウマイが転げ落ちそうになって、慌ててもぐもぐごくんしたな。ははは。
「そっか。だから最初は全然気づかなかったんだ」
「あまりに存在感が希薄なの。これまで入居した人たちもそうだったんじゃない? 引っ越し直後はばたばたしてる。弱い気配だとわかんないんだ。でも、入居してしばらくすると落ち着いてくるでしょ?」
「そこで初めてあれーと思うってわけね」
「なの。最初は、誰かが幽霊の真似をして入居者を追い出そうとしてるのかなあと思ったんだけど。違うなあ」
上目遣いになっためーちゃんが、慎重に確かめる。
「どして?」
「追い出すつもりなら、真っ先にそれぞれの居室に来る。逆じゃん」
「あ! 確かに!」
おいしそうにカップスープをすすっためーちゃんが、ほっと一息ついてから首を傾げた。
「なんか、座敷わらしっぽいかも。古い家に棲んでて、家を守ってくれる小さな神様って感じ?」
「そんなありがたみはないなあ。神様は、勝手に冷蔵庫開けてプリン食べたりしないよ」
げほげほっ。スープが気管に入ったのか、めーちゃんがひとしきりむせた。
「うう、確かにそうだー」
「存在感も微弱だけど、することもみみっちい。なんだそれって感じで」
「ニンゲンとしてもユウレイとしても存在感が薄すぎるってことね」
「幽霊の線はないと思うな。間違いなく人。でも……」
続きを話そうと思ったところで呼び鈴が鳴った。
「佐々山さん、来たね。一緒に考えようよ。佐々山さんも私と同じところで引っかかってると思うの」
「わかったー」
《 ぽ ち 》
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