桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第4話 茶論セピア(2)


「でね」
「うん」
「出るっていうのよ。これが」

 佐々山さんが幽霊の真似をする。

「へえー。まあ、あたしたち以上に老いぼれたぼろ家だからねえ。何が出てもおかしくはなさそうだけど」
「そういう話、聞いたことある?」
「ない」

 おばあさんたちは、口を揃えて速攻否定した。

「ないないない。そんなおもしろそうな話をあたしたちが聞き逃すわけないでしょ。今まで、そんな話は一つも聞いたことない」

 なるほどなあ。このおばあさんたちは、荻野の各種ネタをくまなく拾ってここで思う存分しゃべり倒してるんだ。
 マスターも変だなあという顔で、首を傾げた。

「俺も聞いたことないなあ」

 ぐんと頷いた佐々山さんが、私たちの方に向き直った。

「ということね。つまり、三村さんが住んでいた頃には『出ていなかった』。三村さんが退去してから『出始めた』」
「鍵は三村さんにあるってこと、ですね」
「あたり。でね」

 佐々山さんが追加でツインに確かめる。

「わたしの気のせいかもしれないけど、三村さんをスーパーでたまあに見かけるのよ」
「ああ、来てるよ。毎日ではないけど、ちょくちょく。店に来る時間帯がはっちゃんとずれてるだけじゃない?」
「あ、そうか……」
「陰気ねーさんは、こてこての間際族だからね」

 なんか、初めて聞いたコトバが……。

「あの、間際族ってなんですかー?」

 話のテンポに置いていかれそうになっていためーちゃんが、慌てて口を挟んだ。

「べっぴんさんねえ」
「あたしたちの若い頃みたいだ」
「嘘おっしゃい!」
「ぎゃははははっ!」

 ここまで真正面からイジられると、リアクションのしようがないよね。でも、諦め顔のめーちゃんを置き去りにして、話はだだあっと進んでいく。

「間際族っていうのは、閉店間際の値引きを狙う老人の群れよ。もちろん、あたしたちも間際族ー」

 どてっ。めーちゃんがずっこける。

「あんたたちも値引き狙いかい?」
「あのスーパーのお惣菜はおいしいので」
「でしょでしょ? あたしたちが、味が濃すぎる、油がきつすぎる、量が多すぎる、なんとかせーと連日連夜文句を言い続けた甲斐があったわー」

 す、すご……。そのお惣菜を値引き後に買うってか。おそるべし、おばあちゃんパワー。

「で、陰気ねーさんなんだけどさ。ちょっと謎なんだよねえ」
「ほ?」

 おばあちゃんの一人が、シワだらけの口をすぼめる。佐々山さんが、ほら来た、ヤマが当たったという表情ですかさず突っ込む。

「謎……って?」
「あの家を追ん出されたら、住める場所なんてアパートしかないでしょ。必死に見切りあさってるくらいだから、家とかマンションとか買う甲斐性はまるっきりなさそうだし」
「うんうん」
「でもさあ。荻野にはアパートが一つもないよ。道路挟んで向いの里宮もおんなじ。再開発して建てるには土地区画が小さすぎるからねえ」

 佐々山さんがメモ帳にペンを走らせた。

「もっと山王寄り、駅寄りでアパート借りるなら、あのスーパーより近くに買い物できる店があるってことか」
「そう。特売狙いとかなら、はっちゃんが言ったみたいにたまあにしか出くわさないよ。でも、あたしたちはよく見かける」
「どういうこと?」
「さあ、あたしらにはわかんないわ」

 そうか。ツインにとっては、話のネタになるかどうかが最重要で、佐々山さんみたいにとことん突っ込むつもりはないんだ。噂話との区別をつけない浅さは、同時にどろどろには足を突っ込まないよという用心にも見える。がらっぱちになんでも話をしているようでいて、ちゃんと線引きをしてあるんだろうな。
 佐々山さんが欲しかった情報はゲットできたんだろう。さっとメモ帳をポケットにねじ込んで、席を立とうとしたけど。

「あら、はっちゃん、もう行くの?」
「散歩の時間なのよ」
「何言ってんの。五百円分元を取らなきゃ」

 と言ったツインに引きずり下ろされてしまった。マイペースの佐々山さんにとって、だらだら無駄話で時間を食い潰されるのは苦痛なんだろなあ。
 やっとあくびの連発が止まったらしいマスターが、まだ眠そうな声で私たちに聞いた。

「二人とも、必要なものは揃ったかい?」

 佐々山さんがツインにいじられる前に先手を打ったんだろう。マスターは手慣れてるな。

「だいたいは。やってみないと過不足がわからないところもあるので」
「あ、そうだ」

 めーちゃんが、さっとスマホを出して画面をいくつかスワイプした。

「こんな感じのローテーブルを探してますー」
「ああ、自室で使うってことだね」
「はいー。リビングのは食事専用にするつもりですー」
「どれどれどれどれ」

 マスターと佐々山さんを押しのけて、ツインが顔を突っ込んできた。

「ああ、普通の座卓はやめといた方がいいよ。場所食ってしょうがないから」
「そうなんですか?」
「畳める安いのは足がちゃちでぐらぐら。高いのは大きすぎて置き場に困る。ちょうどいいってのはなかなかねえ」

 私も欲しいと思ってたから、思わず腕を組んでうなってしまった。

「うー。どうすべ」
「うん……」
「ああ、あんたたちが欲しいなら、孫の使ってたのをあげるよ。変わった折り畳みのがあるんだ」
「いいんですか?」

 めーちゃんが『変わった』のところに反応した。

「ちょっと、その家具屋のを見せてくれるかい?」

 スマホを受け取ったツインの一人が、老眼鏡をかけて画面を器用にスワイプしてる。

「ほら、こんなのだよ」

 足がZ型の、おしゃれな折り畳みサイドテーブルだ。げ……二万もするの? すっごく高級なやつじゃん。さすがのめーちゃんもずうずうしいと思ったのか、もう一度確かめた。

「あの……ほんとうにいいんですか?」
「孫はねえ、かっこいいからって買ったのに、結局一回も使ってないんだ」
「うそお!」
「勉強嫌いだからねえ」

 どてっ。二人してずっこけてしまった。

「はっはっは。まあ、そんなもんさ。勉強漬けでダイガク入って、ああやれやれっていう気持ちもわかる。ただ、手付かずでぽいはもったいないじゃないの」
「うわあ、じゃあ、ぜひ!」
「机だって、べっぴんさんに使ってもらった方が嬉しいでしょ。マスターに頼んでここに運んでもらうから、持ってきなさい」
「ありがとうございます!」

 ほくほく顔のめーちゃんを見て、ちびっと落胆する。ちぇ。やっぱレディファーストだよなあ。私だけでなくマスターも苦笑いしてて、ひょいと口を挟んだ。

「君のは俺が融通してやるよ。知り合いにセコ扱ってるやつがいる。フォールディングタイプは学生時代にしか使わないから、出物はあるはずだ」
「やりぃ! すごく助かります!」

 にこにこ顔でやり取りを見ていた佐々山さんが、さらっと言った。

「サロンていうのはこういうところなの。ここに来たら捨ててっちゃだめよ。五百円分、ちゃんと拾わなきゃ」









Sepia by Indigo Jam Unit


《 ぽ ち 》
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