桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第3話 はっちゃんチェック(2)


「わたしが今住んでいる家は、以前主人の両親が住んでいたところなの。主人が成長して家を出るまではまだ祖父母が生きていたから賑やかだったでしょうね。昔は当たり前だった、三世代同居の生活スタイル」
「……」

 めーちゃんがつられたように天井を見上げる。低い、でも包まれ感のあるクラシックな天井を。

「祖父母が亡くなり、主人が就職して家を出た。主人の両親だけがぽつりと大きなお屋敷に住む。寂しくない?」
「そうですね……」

 私もめーちゃんも俯いてしまう。

「義両親はおおらかで明るい人だったの。わたしはここに遊びに来るのが大好きだった。東京ではずっと狭い社宅暮らしで、子供を遊ばせる場所を探すのに苦労していたからね」
「え? ずっとあのお屋敷で暮らしていたんじゃないんですか?」

 この地区の顔だって聞いてたから、てっきり先祖代々ずっとなんだと思ってた。

「違うの。私と主人は職場結婚でね。ずっと都内の社宅暮らしよ。ここからだと通うのが……ね」
「あ、そうかあ。ラッシュとか」
「ええ」

 ふわっと柔らかく微笑んだ佐々山さんが、話を続ける。

「主人が定年退職して、住むなら都内でない方がいいとここに戻ることにしたの。息子たちはもう独立してたから、じじばばだけってことね」

 ぱちんとウインクされて、返事に困る。

「でも、わたしたちの入居は義両親の施設入居とほぼ同時になったの。義両親揃って要介護になってしまって。わたしはお世話するつもりだったんだけどね。固辞された。あんたたちはもうのんびりなさい。そう言われて」
「賑やかになると思ったのに、ご主人と二人になってしまったんですね」
「それも、たった三年よ。主人がばたんきゅー」

 いきなり忿怒の形相になった佐々山さんが、ぺっと文句を吐き出した。

「ったく、根性なしが!」

 うう、そこまで言うか。

「立て続けに三つお葬式を出す羽目になっちゃった。そうしたら、あんな広いところは一人じゃ住み切れないわ」
「売ろうとは……思わなかったんですか?」

 おずおずとめーちゃんが確かめる。

「わたしがもし主人だったら。直系の相続人だったら、そうしたかもね。でも、わたしは嫁よ。できないわ。息子や孫に選択を任せるしかない。その代わり、居住空間を絞ってコンパクトにさせてもらったの」

 真っ直ぐ前に伸ばされた右手の人差し指が、ぐるうっと回って私たちの前に戻って来た。

「話がわたしのことに遠回りしちゃったけど、ここもそうじゃないかと思ったのよ。最初は家族で住んでいた家。でも、子供の独立で一人減り、二人減り、年寄り夫婦のどちらかが逝けば、最後は一人になる。広さが虚しさを連れてきてしまう」
「そうか。それで、ぎりぎりまでコンパクトに」
「節税とか、財産確保とか、他に理由があったかもしれないけどね」

 そのあと、目を瞑ってじっと考え込んでる。

「長く住んでいた三村さんは、この家とも大家さんとも相性がよかったんでしょう。一人住まいには広いけど、二部屋の一つを寝室、一つを物置代わりに使えばぴったり。女性だから丁寧に使っていたんでしょうし、大家さんが独りなら、同じ独りの三村さんとは心情的に響き合ったはず」
「じゃあ……なんで退去したんでしょう?」
「それも、三村さん本人に聞かないとわからないわ。ただ、大家さんが亡くなって他の不動産屋さんが扱うようになれば、家賃交渉が難しくなる。そこらへんじゃないかと思うけどね」

 なるほど……。贅沢さえ言わなければ、家賃五万円台のアパートがあるはず。でも一軒家だと、いかにぼろ家でも六桁近くになっちゃうもんなあ。

「ということで。わたしには、ここに幽霊が出る理由が何も思いつかないの。出るとすれば、見るからに気の小さい三村さんが我慢できるわけないもの。でも、岡田さんは出ると言ってるわけね」
「岡田さん本人が見たわけじゃなく、三村さんのあとにここを借りようとした人たちが……ですけど」
「そうか。小賀野さんの見解は?」
「岡田さんとも意見が一致したんですが、幽霊よりも人に用心した方がいいかなと」

 考え込む様子を見せた佐々山さんが、慎重に探りを入れてきた。

「何か……兆候が?」

 めーちゃんをびくつかせたくなかったから伏せてたんだけど、そろそろオープンにしておこう。

「大したことではないです。冷蔵庫のプリンが一つ消えた。それと、私や彼女が使っていないのに、早朝バスルームの床が濡れてる」
「えええーっ?」

 めーちゃんの顔から血の気が引いた。

「そ、そんな……」
「でもね、人だとしてもおかしい。泥棒なら必ず家探ししますよ。金目のものがあるかどうか」
「ええ、そうね」
「少なくとも、私は自室で異変を感じたことはないんです。めーちゃんは?」

 こわごわ首を横に振ってる。

「つまり、人の気配があったのはリビングとバストイレユニット。そこだけってことね」
「はい。それに、監視カメラは常時回りっぱなしなんですけど、不審者が映っていたことは一度もないんです」
「……だから幽霊、か」

 佐々山さんが、ほとんど目をつぶったまま小さく呟いた。

「泥棒の線はないわ。泥棒ならもっと立派な家を狙うはずよ。変質者だとしてもおかしい。だって、あなたたちの前にも出没してるってことでしょ? 幽霊と勘違いしてこれまで入居した人が逃げ出しているのなら、実害らしいものは何もなかったはず」
「はい。気配だけってことですよね」
「そう。そこだけは幽霊なの。半分人間で、半分幽霊? そんなのありえないわ」

 気分はすっかり名探偵なんだろう。佐々山さんが、ぱかっと目を見開くなり大声で言った。

「ゲンバのチェックはこれくらいにして、聞き込みに行きましょ」

 き、聞き込みーっ?

「どこに……ですか?」
「そりゃあ、情報屋が集まるところよ。ついといで」

 ううう、すっかり佐々山さんのペースに巻き込まれてしまった。でも、この辺りの経緯と状況を知ってる佐々山さんが、現時点では一番頼りになるんだ。腹を括った方がいいな。

 おもしろいおばさんネタで盛り上がってた気分がいきなり幽霊ネタでぺしゃんこになっためーちゃん。泣きそうな顔で私の背後に張り付いてる。気持ちは……わかる。









Searching For June by David Benoit


《 ぽ ち 》
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