桜と幽霊 -レンタル屋の天使3-

後章 幽霊探し


第3話 はっちゃんチェック(1)


 私たちが挨拶に行くまで、シェアハウスは佐々山さんの意識の中で「なかった家」だったんだろう。サイボーグ感のあるぼろ家だから変な顔をされるかと思ったら、いきなりがつっと腕組みしてうなった。

「ううーん、岡田さん、いい腕ねえ」
「へ?」
「いや、正直言って、ここいつ倒壊するかなあって心配だったのよ。見事に修復されたわね」

 そっか……今でも十分おんぼろなんだけど、それ以上に悲惨だったんだな。

「岡田さんは、本当にものを無駄にしないんです。私たちも家電や家具をずいぶん融通してもらいました」
「わたしたちの若い頃はみんなそうだったの。今が贅沢すぎるのよ」

 さらっと言った佐々山さんは、玄関前に立つなり、例の看板を見て大きく頷いた。笑わない……な。

「これも岡田さん?」
「はい、そうです」
「防犯用ね」

 わ! すごい。一発で意図を当てた。
 ぐるりと家の周囲を見回した佐々山さんが、ぴっと何かを指差す。

「防犯カメラが二台。ダミーじゃなく、本物か」
「どうしてわかるんですか?」
「セットしたのが岡田さんだからよ。彼は楽観論には立たない。起こりうる最悪の事態から逆算してしっかり備えるの。とても慎重な人よ」

 そうか。仕事上大事だからというだけじゃない。佐々山さんとしっかりコミュニケーションを取ってることがよくわかる。

「わたしは自治会の防犯部長を長くやってたの。その頃ご近所さんは全て顔なじみ。だから泥棒とか押し売りとかに地区としてどう対処するかを考えればよかったの。でも、今は近隣とのリンクが切れてしまってるでしょ?」
「はい……」
「だったら自力で備えるしかないわ。できる対策は全てしないとね。岡田さんは、そこがすごくしっかりしてるの」
「そう思います。いろいろ考えてくれるので、本当に頼りになります」
「当然よ」

 佐々山さんが不似合いにごつい玄関扉を拳でこつこつ叩いた。

「彼は……自分の社から絶対に事故物件を出したくないのよ。だからこそ、これでもかと先回りする。慎重すぎるほど備えるの」

 そうか……。

「でもね、人目に勝る防犯効果なしなの。あなた方が来てくれて、わたしとリンクをつないでくれて、本当に嬉しいわ。物騒なご時世だからね」
「こちらこそ!」
「じゃあ、早速調査しましょ。事件はゲンバで起きてるんだ!」

 めーちゃんは必死に堪えていたけど、とうとう堪え切れなくなってげらげら笑い出した。
 ギャグが受けてえへん顔してる佐々山さんを見て、なるほどなと思う。何事にも筋を通そうとする怖そうなおばあさんというイメージとはまるっきり違っていたけど。だからと言って適当に話したり、いい加減にふるまっている感じはしない。好奇心が強くて、物事の根源をどこまでも突き詰めようとする。そういう筋の通し方なんだ。ちょっとだけ父……植田さんに近い匂いがするかも。

「どうぞ、お入りください」
「お邪魔しますね」

 靴を揃えて邪魔にならないところにどかした佐々山さんの所作が、とても優雅だ。見習わないとなあ……。

「ふうん」

 外見とは違う、きれいに改装された廊下や各室をさっと見て回った佐々山さんは、これまで内覧で来た誰とも違う感想を切り出した。

「岡田さんもいい腕だわ。しっかり見極めた上で手を入れてる。この古家は築五十年以上経ってるわね」
「うそお!」

 めーちゃんが慌てて室内を見渡す。

「とてもそんな風には……」
「でしょ? 化粧をすれば見てくれはきれいにできるの。でも骨格はそうはいかない。いかに平屋だって言っても、土台がイってたら危なくて住めない」
「……」

 視線が足元に釘付けになってしまった。

「岡田さんがずっとここの大家さんだっていうなら別だけど、三村さんが借りてた頃は違うはず。つまり、これまでの大家さんがこの家をとても大事にされてて、防蟻、防黴、防腐といった家を長持ちさせるための手当てをちゃんとしていたんでしょう」
「なるほど」
「それが確かめられたから、岡田さんがリフォームすることを決めたんじゃないかな」

 確かに。ぞんざいに扱われていた本当のぼろ家なら、いかに岡田さんでも諦めていたかもしれない。でも、この家はまだ生きていたんだろう。
 最初に岡田さんに見せてもらった時、なんか気配を感じたんだよね。ユウレイのではなく、ちゃんと人が住んで暮らしていたんだっていう歴史の気配を。

 リビングから廊下に出た佐々山さんがすたすたと再奥に歩いていって、カーゴスペースをチェックする。今はゴミ袋が山積みになってて恥ずかしい。

「やるわねえ。分別してるだけでなく、かさを減らしてるし、出しやすいように梱包もしてある」
「私が前に住んでいたところが、すっごく厳しかったんですよ」
「うん、そういう経験はちゃんと生きるよね」

 佐々山さんはそれ以上は突っ込まず、壁をすうっとさすってからこんこんと叩いた。

「ここだけ後付け……か」
「前に縁側があったところじゃないかって、岡田さんが言ってました」
「そうね。背後の家やスーパーが建つまでは畑か空き地で、庭のスペースがなくても和める空間だったんでしょ」
「なるほどー」

 ぐるっと周囲を見渡した佐々山さんが、うんうんと何か納得している。

「うちの履歴に近いのかもしれないわ」
「え?」
「この家ね、最初はもっと広かったはずよ。大邸宅ではないけど、あと二間くらいはあったと思う」
「どうしてわかるんですか?」

 めーちゃんが直に聞いた。

「窓がおかしいのよ。リビングの窓は道に面した側にしかない。本来ならキッチンの反対側、側面にもあったはずなの」

 あっ! 言われてみれば。

「隣との距離が狭いから窓はつけないってことなら、私たちの部屋にも窓がないはずですよね」
「そう。おかしいでしょ? つまりキッチンの反対側にはふすまで仕切られた客間と寝室があったはず。それをあとから切り取ったんだと思う」
「奥と同じで、壁で塞いだんですねー」
「ええ」

 うーん……。

「どうしてそんな風にしたんでしょう?」
「わからないわ。ただ、わたしがオーナーならそうするかもしれない。実際、うちも同じように改築してるし」
「は?」

 めーちゃんはよくわからないという顔をしている。でも、私にはなんとなく理由がわかってきた。

「住んでいる人が減ったから……でしょうか」
「いい勘ね。そう思う」

 くるっと振り返った佐々山さんは両手を腰に当てて、ゆっくり天井を見上げた。




《 ぽ ち 》
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