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シーズン7 第四話 感応(1)



「ゾディさま。ソノーさんはどうなさったんでしょうか?」

 ミレーネがひどく心配している。いつもなら、春はソノーが絶好調になる季節じゃ。浮かれ、歌い倒し、じっとしていられずにそこら中を駆け回る。
 そして実際、ついこの間までは絶好調であった。爆裂状態だと言ってもいい。春の狂騒と夏のぐだぐだはソノーの代名詞。屋敷の誰もがよく知っておる性(しょう)なのじゃ。されど今は屋敷に来て日が浅いミレーネが案ずるほど、ソノーが春愁いの中に沈み込んでおる。

「まあ、年頃から言えば恋煩いということになるんじゃろうが、あれは違うな」
「ええ。何かを深く案じているように見えるのですが」
「そこよ」

 ミレーネに椅子を勧め、春色の濃い庭をぐるっと見回す。

「あやつ……ソノーは、この屋敷の住人の中でもっとも心根が優しい。それには、ソノー自身の性(しょう)と言い切れぬ要素も絡んでいる」
「あの、どういうことでしょう?」

 控えめに首を傾げたミレーネに、ソノーの出自を話しておく。

「あやつは、元は花の精じゃ」
「え……」

 絶句しているな。無理もあるまい。今はごくごく普通の女の子じゃからのう。

「花の精は弱く、儚い。限られた時間を余さず謳歌するため、採餌目的で群れるネレイスたちとは別の意味で仲間を求める」
「知らなかった……です」
「ははは。今は完全に人間じゃ。ただし、心に花の精だった頃の性を兼ね備えている。仲間に心を寄せて互助し合うのは、妖精としては当然だが人の場合得難い長所となる」
「それでとてもお優しいのですね」
「ああ。底なしの優しさは、あやつを生涯支える最大の財産じゃな。ただ」
「ええ」
「その長所は、同時に短所にもなる」
「……」

 目を伏せて、ミレーネが考え込んだ。

「己を通せず、ひ弱になるということですか?」
「その心配は私もしたが、ソノーはだいぶたくましくなった。今のところは深刻に案じる要はなさそうじゃ。そうでなくてな」

 ふうっ。吐息で憂いを流し去れればいいんじゃがな。そうは行かぬ。

「先ほど、ソノーの前身が花の精だという話をした」
「はい」
「弱い妖精は、危機を早くに感じ取って身を隠さねばならぬ。当然のこと、危機や難を察知する勘が極めて鋭い」
「そうなのですか」
「お主は、花の精を見たことがないであろう?」
「ございません」
「この屋敷の住人も、魔女であるアラウスカ以外は誰も目にしたことがないはず。同族以外に姿を見られることは、彼らにとって死を意味する。見られる前に素早く隠れるゆえ、まずお目にはかかれんのう」
「あの……」

 ミレーネが慎重に確かめる。

「ゾディさまもですか?」
「もちろん。ソノーの場合、前身であった妖精ネブラが私に依頼を託すためあえて姿を現した。事情がなければ決して姿を見せぬであろう。私も花の精はほとんど目にしたことがない」
「知らなかったです」
「それぞれに見合った生き方があり、生き方を支える能力がある。良いも悪いもない。それはよいのじゃ」
「はい」
「ただ、ソノーの場合は微妙でな。人の身体を持ちながら中に妖精の心を併せ持っている。人間としての個性と妖精本来の性とを切り分けて考えねばならんのだが、実のところ切り分けはとても難しい」

 話の趣旨が見えたのであろう。ミレーネの表情が曇った。

「妖精として危機を察知する能力には、自身だけではなく同族に対するものも含まれる。それが群れる意味だからな」
「では、ソノーさんの近しい人に何か危機が迫っているということでしょうか」
「じゃろうな。ただし、一刻を争う危機ではなく友の運命選択の類(たぐい)であろう。ならば、我々はうかつに手を貸せぬ」
「そうですね」

 ミレーネが肩を落とした。私も顔をしかめてしまう。
 人としての優しさと妖精としての危機察知能力が組み合わさってしまうと、関わる人々の危機や悩みを己のものとして取り込んでしまうことになる。それらを自力でこなせるほど精神が頑強であればいいが、今のソノーはまだ抱え込んだ他者の災いをさばききれぬ。そこが……優しさの諸刃の剣じゃ。

「常ならば、すぐにソノーの方から難題があると切り出すはず。そうせぬことには何か由(よし)があろう。私の方で直に確かめることにする」
「よろしくお願いいたします」
「お主も」
「はい?」

 立ち上がって背を向けようとしていたミレーネが、ふっと振り向いた。

「一人で抱え込まぬようにな。ここで暮らす意味は、分けあえることにある。もちろん私もじゃ。与える以上に、みなにもらっておるからの」

 ほっとしたようにミレーネが微笑んだ。

「ありがとうございます。お心遣い、とても嬉しゅうございます」

◇ ◇ ◇

 感知と感応とは異なる。ソノーの能力は感応じゃ。単に感じ取るだけではなく、それで己の心を動かす。じゃが動かした心を行動につなげるには、感情の揺れに食い荒らされぬ強靭な精神を備えねばならぬ。ソノーの優れた感応力は、精神の細さを克服できれば最大最強の長所になろう。されど今はまだ動いた心を制御しきれず、先に自分が潰れてしまう。それでは感応する意味がない。

 ミレーネと話をした日の夜。ソノーを執務室に呼んで、問いただした。

「のう、ソノー。誰か友に問題を抱えた者がおるのではないのか?」

 俯いてしばらく黙っていたソノーが、力なく顔をあげた。

「はい……。やはり隠せませんね」
「見え見えじゃ。感じ取っただけで済まさず応じたのは、ミレーネだけじゃがな」
「わ」
「ひどく心配しておったぞ」

 さっと顔を伏せたソノーが、顔を歪めてべそべそと泣き出した。

「わ、わたし……なにも……できません」
「よいから、事情を話してみよ」
「は……い」

 言葉に詰まりながらソノーが告白したことは、確かに切ない話であった。

◇ ◇ ◇

 エルスとクルムがスカラに馴染むまでは面倒を見ると言ったものの、ソノーはスカラで過ごす時間の終わりを見据えていた。メイ同様に、自立の方向とタイミングを見計らっていたということであろう。意識が自身にもっと強く向いておれば、異変に気づかなかったかもしれぬ。
 だが優れた危機察知能力を備えているソノーは、仲間の危機をも感じ取ってしまう。その者が危機と捉えていなくとも、じゃ。

 最終学年の子はほぼ履修が終わっておるゆえ、修了の時期はまちまちになる。されど学年が上がったばかりで修了ということはまずない。ソノーは、級友になったばかりの女の子モルナが突然スカラを修了したことに言いようのない不安を覚えたらしい。

 モルナとは一度も同じ級になったことがなく、どのような子かはわからぬ。友人どころか、顔見知りですらなかったのじゃ。それゆえ、モルナの家を訪ねて直接事情を聞くことができぬ。他の級友にそれとなく聞くと、モルナは金持ちの屋敷で働くことになったらしい。
 おかしい! ソノーには事情の裏側が見えてしまったのじゃ。それが『応じる』ことの怖さじゃな。
 モルナに悟られぬよう慎重に確かめていったソノーは、明らかになった事実の前で呆然としてしまった。陰謀も専横も関わらぬ、至極真っ当な話だったからじゃ。

 モルナを雇うと申し出た富豪はアルノー家といい、ケッペリアではよく知られている数少ない名家の一つじゃ。当主のラトスは中年の男じゃが、妻のエイミとはとても仲がよい。性格も温和で実直。金持ちにしては珍しく、周囲の評価が高い。
 アルノー家の目下の悩みは妻が子を宿せぬこと。ラトスは不妊を理由に妻をないがしろにすることはなく、逆に妻を気遣い、とても大事にしている。だが、それと跡継ぎがおらぬこととは別。どうしても実子に家を継がせたいラトスは、側室を迎えようと考えたわけじゃ。

 働き手として軽視される女児は、厄介払いのためにしばしば親から他家に売られる。結婚であれば親が娘に持参金を持たせなければならぬが、女中という形で娘を送り込めば持参金を要しないからの。もちろん女中というのは建前にすぎず、本当の目的は男が妾を得るため。もしそういう事情であれば、私にもできることがある。無情な親をどやせば済むことじゃからな。
 されど、正式な側室となれば話は別。正妻公認ならば、妻に隠れて妾を囲うこととは話が全く異なる。エイミは夫が側室を娶ることを決して歓迎していないが、家の後継ぎが必要なことは重々承知しており、側室に子ができればもう一人の母として養育にあたると言っているそうな。子供だけをよこせという話ではないのだ。

 誰も悪者がおらぬ。しかもラトス、エイミ、モルナがそれぞれ納得した上での話じゃ。それゆえ、どうしても解が見つけられない。誰にも相談もできない。ソノーが関わるにはまだ荷の重い事案であった。





(ユキヤナギ)





Sensing Further, Further Sensing by Edward Dowrick


《 ぽ ち 》
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