《ショートショート 1371》


『白狐の末裔』


「狐に憑かれているということですか?」

 五十絡みだろうか。痩せて元気のない女性が霊視をしてほしいと私の事務所を訪れた。

「いいえ。憑かれているのではなく、私がそもそも末裔なのです」

 か細い声が女の口から漏れる。神獣に憑依されていると自称するトランス状態の人々とは全く様相が違う。芯のない声は、そのまま自我や覇気の乏しさを表している。

「末裔……ですか」
「はい。白狐の血は直系の巫女に代々下(おろ)されてきたのですが、それがいつの間にか薄まってしまいました。私にはほとんど受け継がれなかったのです」
「継承が形だけになってしまった……ということですね」
「はい」

 女は薄い胸を一度ゆっくり膨らませ、それから憂いと共に少しずつ声を吐き出した。

「私は独身です。すでに父母の代から血族がほぼ絶えていて、このままなら私で血が絶えることになります」
「ああ、そういうことか。もし貴女の中に白狐の血が全く残っていないのであれば、継承すべきものがそもそもない。貴女は安心できる、ということですね」
「はい。お察しの通りです」

 困ったな。思わず頭を抱えてしまった。






 女は、私のような祓い師のところをいくつも回ってきたのだろう。だが、彼らのほとんどがいんちきだったはず。力のない者は女の中の神狐の血を見出すことができない。当然のこと、何をどうすることもできない。
 中には私以上の霊力を持っている者がいたかもしれないが、彼らにしても極めて微弱になってしまった白狐の血には関与できなかったのだろう。

「そうですね。事実はお伝えできますが、どうするかの部分がとても難しいです」
「どうするか……ですか」
「はい。結論から申し上げますね」

 女がごくりと喉を鳴らした。

「貴女が自らおっしゃった通りで、貴女は白狐の末裔。原初は白狐そのものであったと思われます」
「はい」
「継代ということを考えるなら、白狐同士で血を維持すべきだったのです。しかし、貴女の祖先は人間との交わりを繰り返しながら、血の一番濃いところを巫女として残す。そういう受け渡し方をしてきました」
「知りませんでした……」
「お住まいが狭い社会なら、血を分けた者同士が出会う確率が高い。混血による神性の低下を、戻し交配で補っていたんです」

 女にも、私の言わんとすることが徐々に見えてきたんだろう。

「ところが。人口がどっと増えて人の往来が激しくなると、小さく閉じたコミュニティを維持できなくなります。いくら神事の継承を行なっても、時を追うごとに血は薄まっていきます」
「わたしが……その状態だということですね」
「そうです。でも、現状は貴女自身がよくご存知のはず。貴女が知りたいのは、白狐の血が残っているか消えているか、だけですよね」
「はい!」

 切羽詰まった表情で、女が身を乗り出した。

「神性は残っていますよ。それも完全な形で」

 女ががっくりと肩を落とした。

「最初に申し上げますね。血の濃度と神性とは全く別個のものなんです。血がわずかしかなければ神性もわずか……ならいいんですけどね。実際は、二者の間に全く関係がありません。どんなに血が濃くても神性を伴わない者がいますし、その逆が貴女なのです」
「私はどうすれば……」

 そう。霊視なんざ即座にできる。問題は、どうすれば露見した事実を依頼者がこなせるかなんだ。その道筋を『私』が立てなければならない。なんとも面倒くさい。

「あなたのご両親は?」
「父はすでにおりません。母はまだ元気です」
「お母様は本件について何か?」
「時代が時代ですから、私の好きにすればいいと……」
「なるほど。継代にはこだわられていないのですね」
「はい」

 ふむ。それならやりようがあるな。

「では、私から一つ提案させていただきます」
「はい」
「過去のことは全く気になさらず、これまで通りにお過ごしください」
「あの」

 女が顔をしかめた。

「白狐は?」
「貴女が肉体を失った時に、白狐に戻る。それが神獣なんですよ。私たちが心配することは何もありません」
「そうなんですか!」

 苦笑混じりに説明を追加する。

「昔々、人間の住まうところは獣の住みにくいところでした。猛々しい人間に追い払われるよりは、人間のコミュニティに同化した方が暮らしやすい……そう考えた獣がいてもおかしくないんです」
「あ……」
「でも、今は野生動物が手厚く保護される時代になりました。あえて同化という手段を使わなくてもテリトリーをしっかり確保できる。貴女だけではなく、貴女の中にひっそり棲んでいる白狐もそろそろ自立しようと考えているはずなんです」
「はあ」

 拍子抜けしたように女が頷いた。

◇ ◇ ◇

 説明をしただけで、なにか術式を動かしたわけではない。代金は要らないと言ったら、女はとても恐縮していた。

「ああ、そうだ。一つだけ忠告しておきます」
「え? なんですか?」

 女の尻の辺りを指差す。






「もうすぐ神界に戻れるのが嬉しいのはよくわかるんですけどね。白狐様、尻尾がにょっきり出ていますよ」





White Foxes by Susanne Sundfor


《 ぽ ち 》
 ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村