読書ノートの184回めは、半村良さんの『雨物語』(1990年発表。文庫版は講談社文庫)です。電子本での読書。

 半村良さんといえば、『戦国自衛隊』や『妖星伝』など、突飛な仕掛けのエスエフ作品をたくさん残された作家さん。2002年に亡くなられましたが、今でもファンが多いです。そして、作風が非常に多彩な方でもあります。時代物、現代物もたくさん残されているんです。本作は、その現代物の一つということになりますね。





 あらすじ。
 新宿にある小さなスナック『雨女(うめ)』が舞台の掌編集ということになります。雨女は一度廃業しており、場所を変えて再オープンできたのはかなり運がいいということになるのでしょう。四十代後半のママと馴染みのバーテンとの二人で切り盛りしています。
 雨女は特にいい酒やつまみを出すわけではなく、来るのは馴染みの客ばかり。そして彼らはおしなべてよくしゃべります。政治、経済、世相、個人の事情、商売……何から何まで。しゃべること自体をつまみにして楽しむ。それができないやつは雨女にいてもおもしろくないよ。まあ、そんな感じで。軽重取り混ぜて、しゃべくりに混じった人生模様がとんとんとんと連なっていきます。

 そんな、感じ。






 感想を。
 書かれたのが1990年ですから、当然時代の影響が色濃く出ます。客の会話ネタがその頃の世相なので、仕方ありません。
 でも、客の会話、メンバーやバーテンの出入り、ママさんの受け答え……随所に不思議な無常感が漂っていて、独特の雰囲気を醸し出しています。

 確かに他愛のない会話の積み重ねではあるんですが、読み飛ばせないんですよ。時代が、企業戦士と言われる人たちのがつがつ感を少しずつ否定しつつあった頃です。「俺たちならこうするけどなあ」みたいな感覚がそこはかとなく匂いつつ、でも世の中は俺らロートルを世界の後ろ側に下げながら動いていくんだよな、と。諦念になりそうでならない感情が行間からじわじわと漏れ出てきます。

 まあ、小ネタ連打の作品なので、すごく感動するとか、すごく印象に残るというわけではありません。でも、肩の力が抜けた日常系の小説でありながら、すんなり飲み込めないものをどこかに仕込む半村さんの力量は、やっぱりすごいなと思いました。






 テクニカルなところを。
 オーソドックスな三人称展開。奇を衒ったところのない、シンプルかつ味わいのある文章です。日常系とは言いながら、登場人物の仕事や境遇の描写、日記仕立てのフレームワーク、正負のエピソードの組み込み方が素晴らしく、小粋という表現がぴったり。

 最初から最後まで飲み屋の話なので、のんべでない人には少々退屈かもしれません。でも、新宿の裏側の風情を織り込みながら、夜の世界を人物で描く手腕は手慣れていますし、読んでいて楽しかったです。

◇ ◇ ◇

 設定が設定ですからどなたでも楽しめる作品というわけにはいきませんが、尺の短い各話の中にしっかり風情と寓意を編み込んである凝った仕掛けの掌編集でした。


 次回の読書ノートは、小路幸也さんの『ピースメーカー』です。





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《 ぽ ち 》
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