《ショートショート 1352》


『フラクタル』 (地の衣 2)


 フラクタル。複雑な図形に見えるが、実はサイズの異なる同じ図形の集合体になっているもの。
 自然界にはフラクタルで近似できる奇妙な形状のものが多数ある。

 それらを見た我々が、姿態から均一性や秩序を想起することは稀であろう。だが、全ての生命はすでにセットされている鋳型から起こされる。そこには確たる秩序があり、秩序に基づいて形が整えられる。

 どれほど無秩序な不定形に見えても。間違いなくフラクタルなのだ。




(ウメノキゴケの仲間)



「委員長は、全員の意見をまとめろってさ」
「正気か?」

 最初からずっと不機嫌だった高梨の顔が、一瞬で鬼顔になった。その面ぁ見るのは、もううんざりだ。

「俺に当たったってしょうがないだろ。先生の伝言だよ。文句があるなら先生に言えや」
「ガキのお使いじゃあるまいし。ちったあ仕切れよ」
「だから俺に言うなって。俺はおまえの代弁者じゃねえ。言いたいことがあるなら先生に直接言え」

 副(サブ)なら楽だと思ったんだが、高梨は委員長としてはまるっきりの役立たずだった。『長』の肩書きはお飾りで、ただのいいかっこしー。流れやクウキを読もうとせずいつでも自論を押し通そうとするから、まとまるはずの意見がちっともまとまらない。そのとばっちりが副の俺に全部跳ねる。

 俺は長いものには巻かれる派で、議論にしても決め事にしても流れに任せたい。それが一番自然だしコンセンサスを得られやすいと思うんだけどな。
 高梨一人のせいで流れがずたずたに切れちまうもんだから、俺が裏で調整しておかないと何も進まない。面倒事ばっか増やしやがって。ブチ切れたいのは俺の方だ。

 担任の太田先生は温和な人で、高梨や俺の頭ごなしに仕切ったりはしない。その代わり裁定もしてくれない。君らで話し合ってちゃんとこなしなさい……必ず最後にそう言われる。
 高梨が先生に噛み付いても、言われることはきっと俺と同じだろう。そうすると無限ループになるんだよ。

 委員長がクラスの案をまとめろと言われ、高梨が暴走して議論が発散し、案が出てこないけどどうなってるのと先生に催促され、俺がまだまとまってませんと報告をする。で、先生が念を押すわけだ。

「委員長は、期日までにちゃんとクラス案をまとめてください」

 不毛な無限ループ。高梨を委員長から下ろしたところで、あいつはどの立場にいても自論をぶちまけ、押し通そうとするだろう。ループが解除されないのは結局同じなんだよな。くそったれ!

 俺が徹底して先生を盾にしたから、さしもの高梨も諦めたんだろう。渋々引き下がった。心中、大声で叫ぶ。

 おまえは引っ込んでろ!

◇ ◇ ◇

「気味が悪い」
「うん。わたしもー」

 書記の村瀬さんと二人して、まとまったクラス案にもう一度目を通したけど、今いちすっきりしない。

 今週、高梨が時期外れの大風邪を引いて休んじまった。あの出しゃばりが出てこれないくらいだから、相当しんどいんだろう。
 で、鬼の居ぬ間に洗濯じゃないけど、頓挫していたクラス案の取りまとめを副の俺が代行したわけ。もうデッドラインを過ぎてたからな。

 確かに高梨のいないところで俺が素案を集めて調整してたよ。でも、気持ち悪いくらいに反論も意見もなく。すんなり多数決でクラス案が決まった。多数決と言っても、ほぼ全会一致に近かった。

 高梨という汚い栓がぽんと抜けて、一気に何もかもはけちまったこと。それは気持ちいいのではなく、気味が悪い。俺も村瀬さんも同じ感想だった。

「ああ、まとまったのね」

 教室に残っていた俺らが目に入ったのか、先生がひょいと教室に入ってきた。

「はい」
「あら、澤野くん。やっとまとまったのに、浮かない顔ね」
「そっすね。なんか……」
「うん」
「高梨のバカが一人でかき回してたんで気がつかなかったんですけど」
「こんなにすんなりまとまってしまうのも……ってことでしょ?」
「はい」
「あはは。まとまるのは当然よ。もしうちのクラスに高梨くんがいなかったとしたら、やっぱりまとまらないわ」
「え?」

 ど、どういうことだ?

「そうねえ」

 つかつかと黒板に向かって歩いていった先生が、チョークを手にするなりきこきこと三角形を描いた。きれいな正三角形。

「これと同じものをずらっと横に並べていっても、君たちの印象は三角形が並んでる、でしょ?」

 いきなり何をと思ったが、村瀬さんと顔を見合わせてから頷く。

「そっすね」
「じゃあ、これはどう?」

 先生が黒板いっぱいに描き始めたのは、不定形のぐにゃぐにゃした図形だった。ただ……先生は走り書きしていない。何か考えながら、図形を描いている。

「クラゲかなんか、すか?」
「イソギンチャクとかー」
「あはは。そう見えるよね。これ、全部正三角形でできてるの。フラクタル図形」

 ええっ?
 思わず走り寄って確かめた。本当だ。大きさが違うけど、どれも正三角形。それもでたらめに置かれてるんじゃなく、規則的に並んでる。

「すげえ……」
「おもしろいでしょ? 生き物の形は、不定形に見えて実は同型パーツの規則配列で構成されている……そういう考え方があるの」
「へえー」
「でも。それって楽しい?」

 あ……。




(ウメノキゴケの仲間)



「確かに高梨くんは尖ってる。自分を徹底的に押し通そうとする。でもそれは、自分をみんなと同形のパーツとして見て欲しくないという自然な欲求だと思うの」

 先生が、黒板に描かれていた一番大きな三角形とチョークでこんと小突いた。その勢いでチョークがぽきりと折れ、ぱっと白粉が散った。

「同じ欲求を、君たちみんなが持ってる。高梨くんの激しい自己主張によって、それぞれの欲求があぶり出しになる。でも、欲求をぶつけ合うことにはものすごくエネルギーがいるでしょ。しかも、そのエネルギーはあまり建設的に使われない」
「わかるー。こいつ嫌いーとか、あっち行けーとか」
「そうね。で、君たちの欲求が高梨くんの反対側に全部集まった。だからすんなりまとまったの。でも、それは本当の合意なんかじゃない。君たちの欲求の仮置き場にすぎないから中身がない。澤野くんや村瀬さんがおかしいと感じるのは当たり前よ」

 そうか……。先生がずっと小突き続けている三角形をじっと見つめる。

「形はフラクタルでもいいわ。見かけだけのことだから。でも、思考や感情までフラクタルのパーツにしてほしくはないわね」
「じゃあ、高梨が正しいってことすか?」

 俺が不満げに抗議したら、先生がうっすら笑って否定した。

「そうじゃない。正誤で割ったらだめってこと。それは形を作ってはめ込む作業よ。フラクタルのパーツそのものでしょ」

 う……確かにそうだ。村瀬さんも俯いてしまった。

「だから何度も言ってるの。話し合って、まとめろって。案が固まること……結果が重要なんじゃない。それぞれの欲求を表に出して、違いを見比べる。自分がフラクタルのパーツなんかじゃないことを確かめる。プロセスが大事だと思うんだよね」
「だったら、最初からそう言ってくれれば」

 俺の半泣きの文句は、次の一言で木っ端微塵に吹き飛んだ。

「それじゃあ、中澤くんがわたしのパーツになっちゃうわ。本当はタネ明かししたくなかったんだけどな」





Fractal by 牛尾憲輔


《 ぽ ち 》
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