読書ノートの151回めは、関口尚さんの『ナツイロ』(2012年発表。文庫版は集英社文庫)です。

 関口さんについては、『シグナル』を取り上げた時に触れましたので、略歴等の紹介は省略します。ちょっと切ない、ドラマ性の高い青春小説を得意とされている作家さんですね。

 

 

 


 あらすじ。主人公は田中譲(ゆずる)という大学生です。名前通り争いごとが嫌いで、誰かと衝突しそうになると自分を先に折ってしまうんです。優柔不断があだになってとうとう先輩に彼女を横取りされてしまった譲は、やや現実逃避気味に収穫手伝いボランティアとして愛媛のみかん農家に出かけます。田舎出の譲は、農家の家庭的な雰囲気に浸ることでかろうじて自我を維持していたんです。

 そのバイト先のみかん畑で髪をオレンジ色に染めた女の子が歌っているのを聞いた譲は、美しい声に心を奪われます。その子がリン。手伝っているみかん農家の一人娘で、家のカネを勝手に持ち出して上京し、路上ライブやネット配信で自分を売り込んでいました。
 ただ……リンは猛烈に自己中で一方的。その欠点が面白味のない歌詞の形でダダ漏れしていて、声はいいのにちっとも曲が心に響いてこないんです。当然、知名度も収入も知れていました。
 バイト仲間と「リンも困ったもんだよなあ」という話をしていた譲でしたが、帰京後出たとこ勝負を繰り返すリンのペースにいつの間にか巻き込まれてしまいます。

 ……というお話。


 




 感想を。うーん……ちょっと評価が難しいかなあ。主人公の造形はとてもよくできていて、素直にシンクロできました。関口さんが設定する男性主人公は、かなりわたしのツボにはまるんです。
 お人好しのイエスマンという自分の殻を割りたい。そういう秘められた思いが、リンという超わがままな女の子を触媒にして一気に動き出す。流れは王道ですし、自然に譲の心の中に入れ込めます。
 でもわたしは、どうしても譲を振り回すリンという女の子を理解できませんでした。関口さんには申し訳ないんですが、リンに魅力のかけらも感じないんです。

 成功願望ではなく承認欲求が大きい子であることはわかりますし、行動原理が徹底してその欲求に基づいていることも理解できます。理解は、ね。でも、自分の意思をどこまでも貫き通す芯の強さと、自己中でダルでわがままなのは違うと思うんですよ。自分のやりたいことをどこまでも押し通すリンの我の強さは、停滞していた譲を動かす動機にはなるんでしょう。でも、譲がリンに惹かれる要素にまではなりえないんじゃないかな。
 世界を敵に回しても、わたしを理解してくれる人が一人でもいればいい。リンの根底にそういうしっかりした信念があるならまだしも。少なくともわたしは、譲の視点でそれをきちんと描き出せているとは思えなかったんです。

 どんなに欠点だらけに見えても、人間必ずどこかに評価できる部分がある。当たり前です。でも、その当たり前をきちんと磨いて泥中でも光るように見せるのが作家さんの腕前でしょう。
 譲をしっかり造形された関口さんですが、リンはうまく造形しきれなかった。あまりにシャープに作りすぎて、話にきちんと納められなかった。二人の極端なアンバランスが、読後感をひどく損ねていたように思います。

 リンに傾斜して恋人になったはずの譲は、いいように利用された挙句に振られます。それも最悪の形で。深く傷ついた譲は「いい人仮面」をかなぐり捨てて、泣きついてきたリンを突き放すんですが、そんなの当たり前ですよ。ただ、一方的に振り回されても、譲はなおリンをプラス評価しようとするんです。正直「こいつ、芯が全然変わってないじゃん」と思ってしまったわたしはおかしいかな? わたしなら、リンを原型がなくなるまでぶん殴ります。(^^;;
 関口さんの性善説的な解釈は、シグナルの時にも気になったんですよね。いや、性善説が悪いとは言いませんよ。そうじゃない。性善説で救いきれない造形不足が気になっちゃうんです。性善説が安っぽく感じられてしまうんですよ。



 




 テクニカルなところを。主人公譲の一人称での展開です。譲の造形がとても自然なので、その目で描かれるものには無理がなく、素直に心情や情景を読み取れます。関口さんは、彼のようなタイプの人物造形がとてもうまいんですよね。
 ただ譲一人称での書き方は、リンの造形不良という形で完全に裏目に出ているように思います。最初は嫌なやつに思えても、関係が深くなって行く間に見えなかったところが見えてくる……そこはいいんです。
 でも、見えてくるリンの中身がちっとも深まっていかない。最初の印象からぴくりとも動かない。そこがね……。読んでいてどんどん辛くなるんですよ。主人公がビルドアップしていくのとは対照的に、変わらないリンが地盤沈下してしまう。むしろ劣化していくように見える。

 登場人物のナマが見えて惹かれるのではなく、逆に辟易してしまうという青春ストーリーは、初めて読んだかもしれません。(^^;;

◇ ◇ ◇

 舞台は田舎と東京の二地点ですが、話の内容はその落差をうまく織り込んでいます。安穏と挑戦の対比がくっきり明示されるので、世界に入りやすいですね。土地柄の対比、季節の対比が丁寧かつ鮮やかに描かれているのに比べ、譲とリンの性格落差が最初から最後まで大きすぎるように感じました。わたしは、その違和感ギャップをどうしても埋められなかったです。

 とことん挑まないと成功を得られない……ドライで都会人的気質のリンが主人公を差し置いてぎんぎらぎんに目立つんですが、精神的には最後までうんとこさ子供のまま。譲だけをひいきして、リンを最後まで成長途上の子供のまま放り出してしまった関口さんのセンスは、わたし的にはちょっと……。(^^;;


 次回の読書ノートは、西條奈加さんの『秋葉原先留交番幽霊つき』です。





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《 ぽ ち 》
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 ちょっと追記。

 アメーバピックの画像リンクがこけてるようで、画像が表示されません。わたしのだけでなく、どなたのピックも同じ『画像なし(no image)』表示になってますね。まあたトラブルかあ。(T^T)