$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(20)



「釘を抜かないってこと。それは、親に対する恨みの感情を持ち続けるって意味じゃないよ。俺もいい年だし、俺自身がもう親だからさ」
「うん」
「釘があるからこそ、俺は自分を見る。抜かなければならないものから抜いてはいけないものに、いつの間にか釘が変わってたんだ」
「ふうん」

 ひろは、刺さっていた釘を引っこ抜いてしまったと思っているだろうな。でも、さっき言ってたじゃないか。親子の間には引力も反発もあるって。釘はまだ刺さってるんだよ。それを意識しなくても済むようになっただけなんだ。
 そして、俺はひろとは違う。俺は意識して、刺さっている釘をプラスに転じなければならない。そうしないと釘が中から俺を腐らせてしまう。

「俺自身がもう釘なんだよ。そいつを抜いたら俺でなくなる。だから錆びた古釘にもできることを探すさ」
「あははっ! なるほどね」

 闇で塞がれている窓に、俺の顔が写っている。どうにも冴えない、しょぼくれたおっさんだ。ブンさんが今の俺を見たら全力でどやすだろう。なんでそんな下手くそなトシの取り方をしやがるんだって。はははっ。

 ああ、そうだブンさん。へっぽこの俺にもやっとわかったことがあるんだ。見える色の向こうの色を見ろという戒め。その対象から自分を外しちゃいけないんだよな。
 闇の向こうには、好ましい自分も見たくない自分も一緒に隠れてる。それは俺が漫然と日々を浪費している間は決して見えてこない。俺自身の真実すら必死に探さないと見つけられないんだ。刺さっている釘の痛みは、そいつをずっと警告し続けてくれるだろう。そうだ。忘れないうちにちゃんと書いておこう。

 尻ポケットから手帳を抜いて白紙のページに赤ボールペンを走らせ、書きつけた短い一文をぐりぐりと何度も丸で囲った。

『必死に探せ!』

 紙面を覗き込んだひろが、何を探すんだろうという顔をしている。自分自身のことも、人のことも、なにもかも、だよ。それは、俺の新たな目標じゃない。これまでの俺の生き方そのものであり、これからもずっと変えるつもりはないんだ。

「ねえ、みさちゃん」
「なんだ?」

 俺の視界を塞ぐように、正面に回り込んだひろがはぐっと抱きついてきた。

「来年は、探し物がいっぱい見つかるといいね」
「それが商売だからな。見つからないのは困る」
「あははっ」

 ひろを抱き返す腕に力を込める。俺は、欲しいものをずっと探し続けてきたからひろを見つけられたんだ。探さないものは見つからないが、必死に探せばきっと何か見つかる。俺はそれを不変のモットーに、そして誇りにして。これからもへっぽこらしくじたばたと探し続けることにしよう。

「あ、そうだ。みさちゃん」

 ばつが悪そうに、ひろが俺を見上げた。

「うん?」
「ごめんね。隼人たちのプレゼントのことで頭がいっぱいになってて、みさちゃんの分揃えるのを忘れちゃった」
「ははは。それは俺もそうだ。祝賀会のこともあったし、完全に頭の中からすっ飛んでたよ。だけど、俺はもうひろからプレゼントをもらってる」
「え?」

 俺は抱いていたひろをとんと離し、両肩を持って窓に向けた。ひろの肩越しに、眼下に広がる無数の光点を指さす。

「無限にある砂粒の中にたった一つしか存在しない、何にも代え難い宝玉。探し続けて、見つけて、それは今俺の目の前にある。プレゼントはひろだけでいい。ひろ以外は何もいらない」

 くしゃっと顔をほころばせたひろは、そのあと泣き顔になった。

「う……」

 俺も……涙がこぼれ落ちそうになる。その顔を見られたくなくて、慌てて夜景を見下ろした。

 闇に塗り潰されるまいと小さくてもしっかり輝く家々の灯りが、目の中で滲んできらきらと光片を振りまく。それはとても美しいけれど、星のような希望と幸福のシンボルにはなれない。単なる存在証明の一つに過ぎないんだ。
 だから俺は、見えている灯りがちゃんと幸福の証(あかし)になっているかを確かめ続けたい。必死に。全力で。もちろん、探しものの中には俺とひろ、そして子供たちの灯りも入っている。灯りがどんなに仄暗くなっても、目を逸らさない限りその温もりを見落とすことはないだろう。

 俺の目に溜まった涙が、どこに行ったらいいのか戸惑っている。その出奔と照れをおちゃらけでごまかす。

「うーん。俺が言うと、気の利いたプレゼントにならんなあ。どうにもへっぽこだ」
「そんなことないよう」

 せっかくロマンチックな雰囲気だったのに。ぷっとむくれたひろが目尻の涙を拳で拭った。済まんな。へたれの俺にはこれで精一杯だ。チラシでとびきりの特売品を見つけたようだと言わなかっただけましということにしよう。ははは。

「そういやフレディに言われたなあ」
「なんて?」
「俺のへっぽこにはごっつい筋金が入ってるってさ」
「そりゃそうよ」

 俺の腕をぐいっと抱き込んで、ひろが屈託なく笑った。

「だからどうしようもなく好きになったんだもん!」



*** へっぽこ探偵中村操の手帳 完 ***



☆☆ メリークリスマス! ☆☆





(マンリョウの果実)





Till I Found You by Phil Wickham


《 ぽ ち 》
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