$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(19)



 興奮してはしゃぎ回っていた子供たちは、日付が変わる直前にようやく沈没した。寝付いた子供たちの枕元にサンタさんからのプレゼントをセットして、中村家のクリスマスイブは無事終了。

「みさちゃん、お疲れ様」
「ふううっ。一つ終われば、また一つ。年末年始は慌ただしくなるな」
「そうね。うちの親たちが手ぐすね引いて待ってる」
「はははっ! 典型的な孫馬鹿だもんなあ」
「期待していなかった分、喜びも大きいんでしょ」
「期待していなかった、か」
「そ」

 ふっと小さく息をついて、ひろが紅茶のカップを両手で包んだ。

「親子って言ってもいろいろあるわ。引力も反発も、いろいろね」
「そうだな」

 親子の関係を修復したと言っても、叩けば金属音がするような頑固者同士だ。まだ軋轢は残っているということなんだろう。上目遣いになったひろが、俺にも確かめる。

「みさちゃんの方は相変わらずなの?」
「もうなんの期待もしてないよ」

 やれやれというように、ひろが窓外の夜景に目を向けた。

「ただな、最近強く思うようになったんだ」
「なにを?」
「親は親なりに何か守りたいものがあって、ああいう態度を取ってきたんだろうなってね」
「へ? 守りたいもの?」

 そんなものがあるのかという顔をしたから、素っ気なく答えた。

「自分勝手もいいところのろくでなし両親だけど、あの二人、別れてない。ずっと二人で行動してるんだよ。今もそうだ」
「あ!」

 驚いたひろが目をいっぱいに見開く。俺の恨み節ばかり聞かされていて、その奥にあった事実が見えなかったんだろう。実子の俺ですら見えていなかったんだ。いや、違うな。俺はずっと前からその事実に気づいていた。それを……あえて無視し続けてきたんだ。

「いつもべったり二人でいるってことじゃないさ。行動はそれぞれ別々。でも、二人で暮らすという基本線だけは絶対に崩さないんだよ」
「そうか……」
「子供よりパートナーを重視するんなら、子供なんか作るなって言いたいよ。それも、二人もさ」
「うん」
「でも俺が自分勝手な親を憎みきれなかったのは、結局そこだと思うんだ」
「なるほどね」

 ひろが力任せに引っこ抜いた親への怨嗟という錆び釘。俺は、それを死ぬまで抜くことができない。ただ……両親のパートナーシップが親子の血の繋がりを凌ぐほど強靭だいうことは、事実として認めざるを得ない。俺と姉貴を敵に回し、世間に後ろ指をさされても、頑なに変えようとしなかったからな。
 そのこだわりには覚悟がある。いずれ夫婦のどちらかが先に逝った時、残された方は死ぬまで孤独に耐えるという強い強い覚悟だ。親から放置され続けて来た俺や姉貴は、絶対に親の面倒なんか見ないよ。俺たちが実質絶縁を宣言していることは親にもわかっているはず。親子の縁には生涯頼らないという覚悟があったからこそ、ネグレクト寸前の育児放棄に踏み切ったんだろうからな。

 そんな偏ったこだわりなんか理解できないし、理解したくもない。だが親には親のポリシーと生き方があり、俺が今更それを曲げろとか変えろと迫ったところで誰にも意味がないんだ。一般論を無闇に振り回すとかえって衝突や軋轢がひどくなる。親子の数だけそれぞれに親子関係があるということを、事実として受け入れるしかないんだろう。

 うちのところもフレディのところも、子供が成長すればいずれ親子の間にずれが出てくるだろうし、それをすんなり消化できるかどうかわからない。雄介のように、俺らの想いとは裏腹の好ましくない方向に転げてしまうリスクもある。
 人を無理やり変化させることはできないんだ。それがたとえ実子であっても、ね。それなら……いつも俺自身を見直し、親としての方針や対応を立て直しながら進むしかないんだろう。

 立ち上がって窓際に行き、夜景を見ながら無意識に喉を撫でさする。

 俺の中にずっと刺さったままだった釘は、イコール親に対する反発や怨嗟じゃない。そいつは釘の材料の一部に過ぎない。自分が出来損ないであること、自信のなさ、自分に対する劣等感や不満。それらが釘の形に凝っていたんだ。
 改善点ばかりなら必ず今よりましにできる……鬼沢さんに偉そうなことを言ったが、そういう俺自身の自己研鑽が甘過ぎる。俺はハイレベルな人種じゃなく、いつも手直しが必要なへっぽこなんだ。出来損ないのままでいいと自分を放り出した途端に、足元ががらがら崩れ始めるだろう。
 そうだな。汚い錆び釘が刺さったままだからこそ、俺は前に進める。釘はむしろ貴重な手札だと考えないとな。

 ずっと難しい顔をしていたから気になったんだろう。俺の隣に歩いてきたひろが、こそっと確かめる。

「ねえ、みさちゃん」
「うん?」
「前にさ、釘の話をしてたよね。親のことが釘になって刺さったままだって」
「そう」
「で、さっきの話聞いて思ったんだけど。みさちゃんは結局釘を抜いたの? 抜けたの?」
「抜けないなあ。たぶん、一生そのままさ」
「ええー?」

 不満げな顔をしたひろの肩を抱いて、窓外の闇を見通す。残念ながら雪は降らなかったな。代わりに、冷たく澄んだ夜気を通り抜けた街の灯りが目に飛び込んでくる。その灯りの数だけ安息と幸福があるように感じるのは、今夜がクリスマスイブだからかもしれない。
 それなら俺も今日くらいは錆び釘の上に赤いペンキを塗り、電飾がぺかぺか光るクリスマスリースをぶら下げることにしよう。





《 ぽ ち 》
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