第三部 最終話 真実とへっぽこ
(14)
「ここで、最近私がやらかした不手際を一つ白状しておきます。私は、依頼人に虚偽の報告をしたんです」
「えっ?」
フレディが、目を剥き出して絶句している。
「それを例に、みなさんに考えていただきたい。真実というのはなんだろう、と」
ふうっ……。一度大きく息をついて、目をつぶった。そのまま話を再開する。
「つい先だって、私はささやかな人探しの依頼を請けました。行方知れずの息子を短期間で探し出してほしいという老人の依頼。そして幸か不幸か、私はその被調査者の居場所を知っていました。まあ……案件としてはイージーそのものですね。契約を結ぶ以前に、どこそこに居ますよと伝えればそれでおしまいです。でもね」
あの時の逆城さんの切羽詰まった表情が、つぶった瞼(まぶた)の裏にくっきり投影される。どうにもやりきれない。
「その老人は、もう余命幾許もなかったんです。うちに来た翌日、私は報告書を携えて依頼者のもとに出向きました。老人は、私が報告を済ませた直後に」
ふっ。あの時逆城さんが最後に吐き出したのと同じ。置き場も行き場もない吐息がこぼれた。
「私の目の前で亡くなりました」
結婚祝賀会にはあまりにもそぐわない話。だが、俺の話に眉をひそめている人は誰もいなかった。
「私はね、報告の時に探偵として絶対にしてはいけないことをしました。依頼者に虚偽の報告をしたんです。息子さんは事故で亡くなっていました、と。なぜそんな嘘をついたか。依頼者の息子が凶悪犯で、つい先日逮捕されたばかりだったからです」
ざわざわざわっ! 会場内が激しくざわつく。
「息子がこれまで重ね続けた悪行三昧は、依頼者の人生を徹底的に壊していました。配偶者、家、仕事、人脈、社会的信用……全て失った上に病魔に侵され、病院にかかるカネもない。それでも……」
涙が……零れ落ちて来る。
「それでも、最後に息子に一目会いたい。依頼者は……心からそう願ったんじゃないでしょうか」
袖で涙を拭い、言い切れていない言葉を絞り出す。
「報告の時、私にはいくつかの選択肢がありました。先日逮捕されて収監中だと正直に報告する。短期間なので消息を追いきれなかったと報告を先延ばしする。そして」
「嘘……か」
フレディがぼそりと言った。
「そうです」
きっぱりと顔を上げ、改めて参加者に問いかける。
「ぜひみなさんも考えてみてください。真実というのはなんだろう、と。都合のいい真実なんてどこにもありません。そして、真実を見つけたからそれでいいということにもなりません。じゃあ、どうすればいいんでしょう」
し……ん。水を打ったように静まり返った会場内に、俺なりの提言を置く。
「これから二人で歩く夏ちゃんと真奈さんにも、ぜひ考えてもらいたい。私たちの心が生み出し、心で感じ取るものには、真実がひとつしかないという概念がそもそもあてはまりません」
目の前にある豪華なウエディングケーキを指差す。
「昨日好きだったケーキが、今日嫌いになる。そういう心境の変化は誰にでもあることです。じゃあ、ケーキが好きだった昨日の心はウソ? 違いますよね」
「は……」
夏ちゃんの口から、ぽろりと嘆息がこぼれ出た。
「真実なんか無数にあります。ひとつだけなんて絶対にありえない。そしてね、自分が真実だと思っていることをわかってもらいたいのなら、それは今私がしゃべっているみたいに言葉にするしかないんですよ。わかってもらえるまで、繰り返し何度でも」
拳を固く握り締め、それを顔の目に突き出す。
「真実が一つしかないと思い込んでしまうこと。その思い込みを心の中に閉じ込めて鍵をかけてしまうこと。私たちが素行調査で手がけているトラブルは、ほとんどそれが原因だと思っています」
振り返って夏ちゃん夫妻を見つめ、笑顔で締める。
「どうか。なんでも話し合って、お二人にとっての真実をいつも探し続けてください。それはきっと一つきりではないはずです。まあ、探偵ってのは探すのが商売です。きっと……上手にできるでしょう。これからもずっと変わることなく仲良く、お幸せに」
夏ちゃん夫妻が揃って頭を下げたのを見て、会場に拍手が再び響き始めた。
「すいません。私がへっぽこなもので、ずいぶんと辛気臭い引き出物になってしまいました。申し訳ありません」
会場が苦笑に支配されないうちに、手元にあったグラスを持って高く掲げた。
「みなさん、ご起立ください。夏ちゃんたちの今後の健康と幸福を心から祈念して、乾杯いたしましょう。ご唱和をお願いいたします」
座っていた人たちが立ち上がってばたばたと自分のグラスを確保し、思い思いにグラスを満たした。それを確認して、発声する。
「それでは二人の結婚を祝して、乾杯っ!」
乾杯っ!
Advice For The Young At Heart by Tears For Fears
《 ぽ ち 》
ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/
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