$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(12)



 鬼沢さんもおめかししている。いつも着ている紺のスーツがユニフォーム化していたからどうするのかなあと思っていたんだが、スーツを新調したらしい。どぎつい原色ではないものの明るい赤系だ。鬼沢さんにしては冒険したなあと思う。
 その服は、今日のようなイベント専用ではないかもしれない。重厚なイメージの新事務所で暗色系の地味服を着ると、お客さんに与える印象が暗く、重くなる……そう判断したんだろう。いいことだ。
 印象というのは、服装で大きく変わる。モノトーンや寒色系だと、手堅いもののビジネスライクな印象になるんだ。それでなくても痩せぎすで自信なさげな鬼沢さんのマイナス面ばかりを強調してしまう。暖色系ならその印象を反転させることができるんだ。暖かくて親切……そんな風にね。
 事務所の設計に携わった志賀さんと笑顔で話している鬼沢さんを見て、そこにこっそりロマンスの匂いを嗅ぎ取ったりする。誰かの結婚式で出会いを探すってのは常道だからな。

 今野さんも、お子さんが小さいうちはなかなかイベントに参加できないらしく、今日は張り切ってドレスアップしてきた。いつもは服装も含めて幼稚園児のママさんのイメージなんだが、今日はブルーのマーメイドドレス。女優ばりの派手な印象だ。やっぱり女性は衣装で変わるなあ。
 フレディが保育士付きの臨時託児室を用意してくれたので、うちの子も含め小さな子供たちはそこに預けてある。立食だと何が起こるかわからないから、さすがに子供を野放しにできないんだ。託児コーナーがあるのを知らなかった今野さんは、それなら子供もダンナも連れてくればよかったとぶつくさこぼした。いや、飛び入りありだから呼べばいいと思うよ。今野さんにはそう言っておいた。

 そして、ひろ。主役を立てて地味なベージュのスーツを着ているにもかかわらず、発散されている膨大なオーラが否応なしに目立つ。年齢的にはそろそろオバサンの域に入りつつあるんだが、正直小林さんや佐伯さんより若い。見た目が、ではなく生気が、だ。出会った頃からずっと変わらんなあと、改めて惚れ直す。
 自らの陽の気で人の陽性を励起するなんてのは、誰にでもできることではない。ひろだから可能なんだ。ただ……それはあくまでも励起であって、陽の気を活かせるかどうかは本人の資質に依る。ひろも、励起の先にまでは踏み込まない。いや、踏み込めない。人の人生の責任は取れないからね。
 佐伯さんがひろを見て、こんな女性になりたいと強く憧れるのはよくわかる。ひろには励起しかできないから最後まで憧れのままで終わるかもしれないが、それはそれでいいさ。頭上に太陽があれば、必ず視線が上を向く。憧れの存在がある限り、目標が消えることはないからな。

 タダ飯が食えるとほいほいやってきた梅坂さんも賑やか大好きの勝山さんも、じっとはしていない。正平さんと沢本さんを捕まえ、鬼沢さんのお母さんを交えたじじばば五人で賑やかにぴーちくぱーちくやっている。まあ、いつもの老人会の延長だな。でも、すっかり表情が明るくなった正平さんを見て安心しているのは俺だけじゃないはずだ。

 新郎新婦の友人知人が少ないと言っても、堅苦しさのない内輪の祝賀会だからJDAや幼稚園からそれなりの数の関係者が出席している。ウエディアルの小島さんはそこに縁談と商機があると踏んだのか、参加者の間をこまめに回ってせっせと名刺を配って歩いている。さすがだなあ。俺も、あの積極姿勢だけは見習わなければ。

 来ないと思っていたんだが、沖竹所長も奥さんを伴ってやってきた。仕事関係者の祝い事にはちゃんと顔を出しなさいって、奥さんに尻をつねられたんだろう。居心地が悪いのか、所長はずっと冴えない顔をしている。まあ……立食制のフリースタイルだから大丈夫だろ。

 フレディは相変わらず姉貴にべったりだ。姉貴は濃厚なスキンシップを嫌がるでもなく、自然に寄り添っている。俺は二人の姿を見て、本当にほっとする。俺とひろ以上に、心に深い傷と愛情飢餓を抱えた者同士のカップルだった。互いに注ぎ込み合う愛情が少しでもアンバランスになれば、深刻な悲劇の引き金を引きかねない……そういう懸念をずっと払拭できなかったから。
 だが二人は落ち着いた。夫婦から家族という形に変わったことがプラスに作用しているように見える。うちもそうだったけどな。

 背が伸びてすっかりごつくなった岸野くんは、親友の小林くんを伴ってすでに食べる態勢に入っている。今日は、小林くんのお姉さんの護衛その二ってことなんだろう。
 岸野くんも、ヤバい事件を引っ張ってくる奇妙な癖は薄れただろうか。そんな厄介な直感なんざ百害あって一利なし。間違っても探偵になりたいなんて言うなよ。こんなヤクザな稼業は論外だぜ。

「さて……ぼちぼち開会にするか」

 ささやかにと思っていたが、想定以上に参加してくれる人が多くて企画者としては大助かりだ。出発は絶対に賑やかな方がいい。二人揃って大きな傷を抱えているからね。その傷を笑い飛ばせるくらいの賑やかさは、どうしても要るだろ。





(イヌマキの果実と種子)





All Dressed Up by Raye


《 ぽ ち 》
 ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村