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第三部 最終話 真実とへっぽこ


(10)



 さすが、クリスマスのご利益(りやく)は大きい。神様も悪いことよりはいいことの方を大盛りにしてくれたようで、雄介の愚行を別にすれば全体としてはいい流れがきている。

 正平さん宅のリフォームは年明けから工事が始まる。志賀さん作の設計図が完成して、志賀さんと正平さんは連日綿密な打ち合わせを繰り返している。
 正平さんが職人魂と生気を取り戻したことはなによりのプレゼントなんだが、さらに歳末大売り出しならではのデラックスなおまけがついた。

 なんと! 正平さんは、鬼沢さんのお母さんと再婚することにしたそうな。
 鬼沢さんがお母さんを連れて下見に来た時にお会いしたんだけど、いかにも正平さんが気に入りそうなとても真っ当な人だった。明るくて話好き。でも芯が強くて曲がっていない。初対面同士というのが信じられないくらい、二人で意気投合して盛り上がっていた。きっといい茶飲み友達になるだろうとは思っていたけど、まさか結婚とはね。びっくりだ。

 ただ、結婚に踏み切った理由は恐ろしく変則だった。正平さんは、照れを見せずにきっぱり言い切った。

「年が年だからね。好いた惚れたってのは正直ないんだ。だけど一人ぽっちは寂しいだろ。形だけでも籍ぃ入れて夫婦にしときゃ、世間体を考えなくて済む。互いに行き来するのがうんと楽なんだよ」

 正平さんのセリフを聞いて、俺は松沢さんがこぼした愚痴を思い返していた。一人は寂しい……ってね。大工としての生きがいを取り戻しても、一人は一人だ。正平さんの心にぽっかり空いた大きな空洞をプライドだけで全部埋めることはできないんだろう。

 もう一つの理由は相続のことだった。身寄りのない正平さんの土地家屋は、死後に相続する人が誰もいない。帰属が宙に浮いてしまうんだ。鬼沢さんに資産管理を任せるだけでなく、正式な縁族として有効利用を考えてもらいたいという正平さんの考え方は至極真っ当だった。

「ここだって、俺が住むまでは誰かが持ってた土地なんだよ。中村さんや鬼沢さんがちゃんと使ってくれりゃあ、その方がずっといい」

 つまらない財産争いで血みどろの法廷闘争やってる連中に、爪の垢ぁ煎じて飲ませてやりたいね。

 そうそう、ロン。人を怖がる臆病者のロンが、なぜか鬼沢さんには一発で懐いた。やっぱりわんこってのは、人の本質を俺らよりも直感的に見抜くんだろう。鬼沢さんもわんこは大好きなようで、ロンが事務所や居住スペースに自由に出入りできるようにアニマルドアを増設すると話していた。よかったな、ロン。

 課題を抱えていた若者たちも、着実に前進している。

 小林さんは日商簿記初級試験がネット受験できることを知って、一発クリアすると張り切っている。俺も三級までは問題なく行けると思っているが、問題はその上だよ。だが成功体験があれば難問に挑める。がんばってほしい。
 激しくどつぼっていた娘がどうなるかとはらはらしていた小林さんのご両親も、ねじり鉢巻で問題集と取っ組み合っている娘を見てほっとしているようだ。時にしか解決できないことがあるんだよ。なんとかなるって。

 リトルバーズのインターンシップ体験にどっぷりはまった佐伯さんは、来年AO入試での大学受験に挑む。高校在学中はまじめに勉強していたらしいし、成績も悪くないと聞いた。それでも、背伸びしないで入れる大学にすると言っている。
 ひろに話したが、大学進学の意義づけは人によって様々でいいと思う。大学は最高学府だから勉強するところ……建前としてはそうだが、実際には必ずしもそうではない。事実としてね。
 親の庇護下にある学生と自立した社会人との間をつなぐ緩衝地帯と位置付け、自分時間を組み立てる楽しさを体感する場であってもいいと思うんだよ。それをタイトにべき論で考えると、俺みたいなひねくれ者ができちまうからね。

 そういや、小林さんと佐伯さんとの関係にも変化があったな。最初は激しく反目し会っていた二人だが、それぞれ外に目標ができたこともあってすっかり距離が縮まった。友達というより、同士という感じだけどね。
 佐伯さんが三中さんとの打ち合わせで事務所に来る時には、互いの青写真を見せ合ってきゃいきゃい楽しそうにはしゃいでいる。まあ……揃って友達が少ないタイプだから、とてもいいことだ。

 一方、うちの事務所の一角で仮営業している鬼沢さんはすごく忙しそうだ。線が細くて控えめな彼女には、取り澄ました感も生意気な印象も一切ない。その上シンパシー重視の対人姿勢が徹底しているから、じじばばに半端なくモテる。
 単価は安いものの案件の数自体は十分確保できているようで、連日ばたばた走り回っている。安定収入を確保できそうな見通しが立てば、新事務所での業務にも一層身が入るだろう。俺の見立て通りになっているということだ。
 小林さんはちゃっかり鬼沢さんの会計事務を手伝っていて、給料が増えたーと喜んでいる。中途半端に満足しないで頑張れよ!

 顧問の沢本さんも、教官役の仕事がどっと増えた。女の子の小林さん相手だとどうしても遠慮が出るが、沖竹から来る新米調査員に対しては鬼になる。かつてのブンさんを彷彿とさせる厳しさで、俺は思わず苦笑してしまう。
 だが、確かにそうする必要があるんだよ。調査員には特殊な技能や知識が要らないと言っても、理念と基本線を最初にきちんと叩き込んでおかないと八木のように心が業務に食われてしまうんだ。俺は、あいつみたいに腐ってしまうやつを二度と生み出したくない。沖竹所長も俺と同じ後悔を抱えていると思う。だからこそ、うちに研修生を送り込んできたんだろう。

 関係者一同揃って上げ潮なんだが、なんと言っても今一番輝いているのは夏ちゃんと真奈さんだ。二人とも今まで住んでいたアパートを引き払い、賃貸マンションで新婚生活を始めることになった。引っ越しも済ませて、すでに一緒に暮らしている。
 夏ちゃんは、これまでのネクラが何だったんだろうと思うくらい浮かれっぱなしだ。そりゃそうだよな。前の奥さんとの間にはほとんど確保できなかったべた甘の時間が、これでもかとあるからね。

 経済的にも、大ネタが多かった先月と今月はボーナスをしっかり上乗せできたからJDA時代の収入を上回っている。ボーナス制は完全出来高制と違い、基本給があるから足元の心配をしなくてもいい。払う側の俺はしんどいんだが、夏ちゃん的には一安心だろう。
 二人がトラブルで財産を失ったと言っても、ダブルインカムだし二人揃って堅実だ。生活水準が上がれば、気兼ねなく新婚生活を満喫できるはずだ。

 そんな風に全体が上げ潮ムードの中、俺だけがでかい傷を引きずったまま歩いているのはどうにも情けないことだ。夏ちゃんたちの結婚祝賀会までにはなんとかリセットをかけたいけどな。

 受け取り手がいなくなった逆城さんの調査報告書を丸め、ぽこんと自分の頭を叩く。

「俺はいつまで経ってもへっぽこのままだな。情けない」





(シラキの種子)





And Then You by Gtrg Laswell


《 ぽ ち 》
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