$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(6)



 あれからずっと考え続けた。調査内容をどう伝えるか、その方法を。俺の決断が本当にそれでいいのかわからない。だが……。逆城さんの耳元に口を近づけ、少し大きめの声を上げる。

「息子さんは、事故で亡くなられていました」

 激しい落胆も、俺の報告を訝る様子もなく。逆城さんは、わずかに口元を緩めた。

「そうですか……」

 一瞬の間があって。逆城さんが残っていた最後の声を絞り出した。

「たん……てい……さん」
「はい」
「手を……握って……もらえませんか」

 本当なら自分の最期を息子に看取ってもらいたかったんだろう。俺は。俺は……。皺だらけのしなびた右手を取り、あの世から連れ戻せるならば連れ戻したいと念じながら、ぎゅっと手を握った。

 しかし、俺の手が握り返されることはなく。力なく緩んだ指は動かなくなった。報告を聞いて張り詰めていた気が抜けた途端に、ぎりぎり保っていた意識がぷつりと途絶えたのかもしれない。
 目の前で静かに胸が二度大きく上下し。全ての後悔と、全ての執着を吐き尽くすようにして、細い息が漏れ。そのまま。動きが止まった。

 俺は……涙が止まらなかった。毛羽だった畳が濡れて、薄い染みが広がる。

「ど……うして」

 松沢さんが、俺が握っていた反対側の手首で脈を確かめ、それから聴診器を出して胸に当てた。深い深い嘆息と共に、死去が宣告された。

「心音がない。亡くなられたよ」

 腕時計を見て時間を確かめた松沢さんは、その時間を手帳に書き留めて、嗚咽が止まらない俺に声を掛けた。

「警察と医師を呼ぼう」

◇ ◇ ◇

 身寄りのない独居老人の病死。俺は逆城さんにとって赤の他人であり、俺がその死に負うところは何もない。だが、俺の心は鉛のように重かった。
 逆城さんの葬儀や荼毘を取り仕切る人は誰もいない。縁者がいない者は死者になった途端に物体として扱われてしまう。それがどうにも辛かった俺は、松沢さんとともに逆城さんを送ることにした。

「私で……よかったんですかねえ」

 線香の残り香が漂う室内で、穏やかな逆城さんの死に顔を見ながらぼやく。

「よかったと思うよ」

 かすかに苦笑した松沢さんは、あぐらを崩して組み直しながら薄汚れた天井をじっと見上げた。そこに逆城さんの遺志が書き残されているかのように。その内容を読み取ろうとするかのように。
 しばらくその姿勢をキープしたあと、俺にではなく彼岸に旅立った逆城さんに話しかけるような口調でぼそりと言った。

「医者が臨終間際の患者の手を取ったところで、それは医者としての仕事をしているからだと思われるだけさ。だが、あなたは違うだろ」
「……」
「独りってのは、どうしようもなく寂しいんだよ」

 松沢さんが、ぽんぽんと膝を叩きながら繰り言をこぼし続ける。

「彼だけじゃない。私だってそうなんだよ。女房には先立たれた。子供はいない。親族や友人もどんどんあの世に旅立っていく。このトシになれば、明日どうなるかなんてわからないよ。誰かに手を握ってもらいながら冥土に行けるなんてのは、とんでもなく幸運で贅沢なことだ」
「そう……ですか」
「そりゃそうさ。昔みたいに、誰もが家族に看取ってもらえる時代じゃないんだ。正ちゃんだって、縁者のない一人ものだろ。いや、正ちゃんだけじゃないさ。お達者クラブには、私らみたいな一人ものがいっぱいいるからね」
「……」
「だからこそあの一本気な正ちゃんですら、葬式が続いた時にひどく落ち込んだんだよ」
「ああ、そうか」

 ふうっと大きな息をついて、やりきれないという表情の松沢さんがゆるゆる首を振った。それから。慈愛といくらかの嫉妬が混じった眼差しで、亡骸をじっと見下ろした。

「一人じゃない。それだけでいいんだよ。彼にとってこの最期は……きっと本望だろうさ」





(タラノキの果実)





Farewell by Sergio Assad

 バジ・アサドのお兄さんですね。
 クラギの名手です。


《 ぽ ち 》
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