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第三部 最終話 真実とへっぽこ


(5)



 ごくごく単純な人探しだ。そして、逆城さんが息子の居場所を知ったところで、息子にアクセスすることは叶わないだろう。俺の知らせた情報が悪用される心配は全くないと言っていい。だが……俺は猛烈に気が重かった。

 探すまでもない。逆城忠志という男がどんなやつかはよく知っているし、彼が今どこにいるのかも正確にわかっている。効率ということで言えば、これほど効率のいい調査は今までない。しかし俺は、その調査結果を依頼者にどう報告すればいいのかわからない。とんでもなく重い荷を背負わされちまった。

 事実は手帳にいくらでも書き込めるが、迷いをいくら書き込んでも意思決定の足しにはならない。開いていた手帳を閉じて机の上に放り出し、頭を抱えてしまう。

「ううー、どうしよう」

 この前雄介案件が片付いた際に、これからは黒塗り案件を避けると宣言したものの、現時点で本案件を共有すれば所員が難題を消化できないだろう。この案件は、俺がなんらかの落ちをつけるまで潜らせておくしかない。

 ふと、小林さんや夏ちゃんの教育用に作った調査員心得テキストの一文を思い浮かべた。それを書いた俺自身に、一番覚悟が足りなかったのかもしれないなと。

「調査の遂行はみなさんの身体、精神、生命に深刻な影響を及ぼすリスクがあります……か。全くだ」

◇ ◇ ◇

 逆城さんの様子から見て、すぐに報告する必要があるだろう。疼痛の問題だけじゃない。あの様子じゃ、ほとんど水も食事も摂れていないように思えたんだ。なんとか間に合えばいいんだが……。

 万一の事態に備えて医者を連れて行くことにする。場合によっては強制的に病院に担ぎ込まなければならないが、ほんのわずかな延命が本当に望ましいことなのかどうかは極めて難しい判断になると思う。その是非を、医療にど素人の俺が判断するわけにはいかないんだ。プロ医師の見立てと指示に頼るしかない。

 正平さんに独居老人の様子を見てくれるお医者さんがいないかと相談を持ちかけたら、松沢さんがいいんじゃないかと言ってすぐに連絡を取ってくれた。
 松沢さんというのは老人会に繁く出入りしている一人暮らしの元内科医で、運営していた自分の診療所を畳んだあと健康相談のボランティアをなさっているらしい。正平さんよりかなり年上だが、とても気さくで明るい人だという。お宅に伺って事情を話し、一緒に来ていただけないかと懇願したら思いがけず快諾してくれた。

「私はもう医者はやってないから、真似事しかできないよ。それでいいかい?」
「もちろんです」

 いいも悪いもない。時間がないんだ。ひどく気が急くものの、他の所員に非常事態を覚られるわけにはいかなかった。俺は、報告を翌朝行うことにした。

◇ ◇ ◇

 そしてあくる日の朝。空は俺の心境同様、ずっしり重い鉛雲で隙間なく覆い尽くされていた。全所員が調査に出かけたすぐ後で事務所を施錠し、自宅に戻って車を出した。老人会の集会所で待機していた松沢さんをピックアップし、逆城さんの部屋を訪ねる。

「やっぱりか」

 握ったドアノブはあっけなく回った。鍵がかかっていない。昨日万一に備えて、鍵をかけずに帰ったんだ。あれから鍵がかけられていないということは、逆城さんが床から立ち上がる余力すら残していなかったことを示している。

「逆城さん、中村です」

 まだ生きておられることを祈りつつ、足早に部屋に上がる。横たえられていた首がゆっくり反転し顔がこちらに向いた。間に合ったか。

 俺の方を向いたものの、濁った目の焦点はどこにも合っていない。乾いた唇が縦横にひび割れ土気色になっている。体調が極めて悪化していることを示していた。松沢さんも顔を一目見てすぐに首を振った。もう……幾許(いくばく)も保たないということなんだろう。逆城さんの口がかすかに動いた。聞こえるか聞こえないかのか細い声。

「わかり……ましたか」
「はい」





《 ぽ ち 》
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