$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(3)



「ん?」

 俺が手帳の白紙を凝視しながら考え込んでいた時。しんと静まり返っていた事務所の外で、かすかな物音がした。その音に気付いてはっと我に返った俺は、見たことのない小柄な老人が戸口に立っているのを認めた。ついた杖に寄りかかるようにして前のめりの姿勢をしている。
 ベージュ色のコートの端からグレーの背広の袖や裾が覗いているが、窓が曇っていてディテールがよく見えない。おそらく依頼客だろう。正平さんが俺を紹介したのかなと思いながら、扉を引き開けた。

「お入りください」

 だが。曇ったガラス越しではよく見えなかった老人の顔貌を確かめて、俺は心底後悔した。そこには……死相が漂っていたからだ。

 薄くなったのではなく、ざんばらに抜け残っている色の悪い灰色の髪。ひどく落ち窪んだ眼窩、黄疸で汚黄色になっている肌。筋肉が細り、骨だけがぼこりと飛び出している手首と喉。おぼつかない足取り。止まらない手の震え。
 即座に救急車を呼ぼうと思ったが、老人は顔を上げるなり依頼を口にした。

「中村さんですね。船井さんからこちらを紹介されまして。お願いがあるのです」

 戸口に立ったままの老人の口から、単刀直入に依頼が置かれる。その口調はとてもしっかりしていた。

「寒いでしょう。お話は中で伺いますので、どうぞそのまま土足で中にお入りください」

 声をかけてから、しまったと思った。老人は動かないのではなく、動けなかったんじゃないのか。慌てて外に出て、肩を抱え上げるようにして中に招き入れた。

「恐れ入ります。なにせ、トシのせいで体が自由になりません」

 いつもであれば世間話などをして、依頼者の意図を探った上で依頼を聞き出す。だが、俺にはその余裕がなかった。もちろん、その老人にも。

「どのようなご依頼でしょうか」
「息子を……探して欲しいのです」
「息子さん、ですか」
「はい」
「ご依頼を受ける前に身元確認をさせていただきたいので、保険証もしくは運転免許証を見せていただけますか?」

 老人が、震える手でコートのポケットから保険証を引っ張り出した。

「逆城信安(さかき のぶやす)様でよろしいですか?」
「ええ」

 逆城……か。そうそうある苗字じゃない。嫌な予感がした。

「コピーを取らせていただけますか」
「どうぞ」

 コピーを取る前に、素早く年齢と住所を確認する。まだ六十を越えたばかりだったが、八十過ぎに見えた。病魔に侵されて、身体の劣化が著しく進行しているのだろう。
 通常であれば、身元確認のあと依頼にかかるあれやこれやを面談で聞き出すんだが、逆城さんの依頼内容はすでに明かされている。

「息子さんの消息探し、ですね」
「はい。息子は忠志(ただし)と言います。もう……十年以上会っておりません」

 やっぱりか。俺が黙り込んだのを見て、おずおずと逆城さんが言葉を足した。

「調査費用は前金でお支払いしますが、一つお願いがございます」
「なんでしょう?」
「調査を三日以内で……それもできるだけ早く完了していただきたいのです」

 家出人もしくは消息不明者の調査にはかなり時間がかかる。通常ならば依頼人にその旨を告げて断らざるを得ない。だが、俺は即座に請けた。

「わかりました。一両日中にはご報告を差し上げられると思います」
「そうですか」

 嬉しいというよりほっとしたような表情で、逆城さんが深々と頭を下げた。

「よろしくお願いいたします」





《 ぽ ち 》
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