$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 最終話 真実とへっぽこ


(1)



 師走に入って、事務所は一気に忙しくなった。年末にはやたらに下半身ばかりハッスルさせる連中がゴキブリ並みに大量発生するので、案件には事欠かないもののせわしないことこの上ない。
 鷹揚にどっしり構えているセンセイまでもがばたばた走り回るんだから、ましてや貧乏暇なしの俺たちは尻を温めちゃいけないってことか? なんだかなあ。

 案件のない時にはどうしようもなく暇を持て余すのに、今は休憩すらろくに取れない。もちろん特売チラシのチェックをしている余裕なんざ、これっぽっちもない。俺のささやかな趣味を邪魔しくさって!
 所長の俺がご機嫌斜めになれば、当然のこと事務所の雰囲気も殺伐としてくる。俺たちの場合ありがたいのは、そのささくれた気持ちを所員同士ぶつけ合わなくても済むということだ。調査されるような連中は訳ありばかりだからな。そいつらが容赦なく槍玉に上がる。

「くそったれがっ! 下半身しかないやつは、年末だけでいいから無人島に隔離しとけっ!」

 キーボードを乱暴に叩きながらがあがあ吠えた俺を見て、夏ちゃんがぼそぼそぼやく。

「はあああっ。他にすることないんですかねえ」
「ないんだろ。これだけ四六時中あはんあはんやってりゃ、少子化問題なんか起こりようないはずなんだが」
「日本のスキンは世界一優秀ですから」

 バカ話をしていた俺と夏ちゃんの後頭部を、小林さんが丸めた調査資料で容赦なく張り倒した。ばしっ! ばしっ!

「っちゃあ」
「くだらないこと言ってないでっ! きりきり仕事してくださいっ!」

 してるがな。息抜きのバカ話くらいさせてくれよう。ぶつくさ言いながら、調査報告書をさくさくまとめていく。年末年始のめでたい時期をわざわざ修羅場にする連中がいっぱいいることにうんざりするものの、調査をする側としては短期間でけりがつく案件ばかりで効率はいい。浮かれてるやつは、尻尾を隠そうともしないからね。
 人様のヒミツを暴いて飯を食うという図式は歓迎したくないものの、ろくでもないヒミツは俺たちが暴かなくてもいずれ明るみに出るんだ。それなら、年を越す前にさっさとけりをつけた方がいいだろう。

「この手のごたごたはさっさと終わらせて、大事な祝い事にエネルギーを注ぎたいもんだよ」
「あの……」

 それを聞いて、夏ちゃんがえらく恐縮している。祝い事というのは、夏ちゃんと真奈さんの結婚祝賀会のことだ。

「本当に、いいんでしょうか?」
「いいも悪いもないよ。事実婚じゃないんだ。入籍してちゃんと二人で出発するなら、それなりの覚悟と打ち上げ花火はあった方がいいと思うよ」
「……そうですよね」

 夏ちゃんの表情は、必ずしも結婚を手放しで喜んでいるという風ではない。一度大失敗している自分が、これから本当に彼女を支えていけるのだろうかという怖じが混じっている。深い傷を負うと、傷が癒えても折に触れて傷跡がうずくんだ。その図式はきっと真奈さんも同じだろう。
 だが下手に傷跡を隠して出発するより、その傷を二度と作らないという決意と前向きな覚悟を手に新生活をスタートさせた方がずっといいと思う。

 二人の結婚祝賀会は、そういう趣旨で執り行うつもりでいる。サプライズはない。よくあるお披露目だ。親族や友人を大勢呼ばなくても、自分たちの出発を後押ししてくれる人がいっぱいいれば、きっと彼らから有形無形の激励と勇気をもらえるよ。
 第一歩を全力で明るくすること。二人には、それ以上の祝福はないと思っている。





《 ぽ ち 》
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