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第三部 第十五話 城を落とす


(1)



 幸運にも鬼沢さんという最強の切り札が手に入り、福田さん救出作戦を動かせる目処が立った。だが、即時作戦実行といかないのが辛いところだ。
 相手がいくら箸にも棒にもかからないバカ殿であっても、殿様は殿様。雄介はその立場をフルに活かして、俺の使えない兵士や武器をいくらでも戦場に繰り出すことができる。お大尽と真正面から戦(いくさ)をやらかす事態に陥ると、俺にはまるっきり勝ち目がない。

 だが、泡沫探偵の俺は雄介の意識の中にはいない。あいつの関心事は福田さんの攻略だけであり、攻略の阻害要因は俺ではなく両親と小島さん。俺は邪魔者の員数に入っていないんだ。その状況こそが俺にとっての最大のアドバンテージであり、切り札だ。
 俺は気づかれないうちに雄介にかかっている梯子(はしご)を全て外し、孤立させることができる。関係者との遮断さえうまく行けば、物量戦に持ち込まれるリスクはないんだ。

 ただし。梯子を外すためには、関係者にこれでもかと根回ししておく必要がある。何より先に、自軍の意思統一を徹底することにしよう。他の所員に鬼沢さんの参加と役割を伝え、作戦の概要を理解しておいてもらわないと、不測の事態が起こった時に対応できなくなるからな。

 それに俺は、鬼沢さんとの付き合いを雄介案件だけで終わりにするつもりはないんだ。鬼沢さんにはほのめかしたけど、俺らと鬼沢さんとの間には相互にメリットの大きいウィンウィンの関係が築けるんだよ。もっとも、鬼沢さんや所員への正式提案は雄介案件が終わってからにするつもりだけどね。
 現時点では、今回の案件解決の切り札を鬼沢さんに務めてもらうというその一点の説明だけでいい。

 正平さんの家から俺の事務所に場所を移し、調査を終えて戻ってきた所員が揃うのを待って鬼沢さんを紹介する。ある程度やり取りをして慣れてきた俺や、人懐こい正平さんとは穏やかに話をしているが、あとは初対面の上に個性的な面々ばかりだ。案の定、緊張した鬼沢さんはかっちかちに固まってしまった。

 鬼沢さんが怖気付くのも無理はない。
 小林さんも今野さんも貧乏事務所にまるっきりそぐわないハイグレードの美人で、掃き溜めに鶴の格言そのものだ。美女が揃ったのは単なる偶然で、俺の趣味や嗜好ゆえではないんだが……。
 男性陣は仕事柄どうしても印象がごつくなってしまう。沢本さんは刑事の頃の鋭い眼光を取り戻しているし、夏ちゃんも案件を持っている間は触れると切れるような真剣さを隠さない。
 メンバーを見回した鬼沢さんの顔には、わたしこの中にいて大丈夫なんだろうかという引け目がダイレクトに浮かんでいる。まあ、慣れてもらうしかないね。

 ざわつきが治るのを待って鬼沢さんに起立を促し、緊張で足が小刻みに震えている様子に心中苦笑しながら彼女を所員に紹介する。

「こちらにおられるのは、弁護士の鬼沢玲子さんです。この度、勤められていた法律事務所を退職し、独立を決められたそうです」

 当たり前だが、勤務先で役立たずの烙印を押された挙句にクビになったなんてことは口が裂けても言えない。俺の説明が建前に過ぎないってことは、鬼沢さんの雰囲気からすぐわかっちゃうだろうけどね。それより、さくさく事情説明を続けよう。

「うちの事務所には、弁護士さんに業務委託する経済的余裕がありません。しかし、どうしても専門家にご助力をお願いしたい案件があり、大変心苦しいんですが鬼沢さんにボランティアとして手伝っていただくことにしました」

 おどおどと落ち着きなく視線をさまよわせていた鬼沢さんが、俺の目線に気づいて慌ててひょこっと頭を下げた。

「き、ききき、鬼沢……です。よ、よよ、よろしくお願いいたじ……ばず」

 あーあ、だめだこりゃ。思いっ切り噛み噛み。ただの挨拶でこれなら、裁判や示談交渉の時にどうなるかなんて推して知るべし。みんなの視線も、この人で本当に大丈夫なんだろうかという疑念と心配を帯びたものに変わる。
 まあ、今の段階では最低限の面通しだけでいい。知らない人が事務所内をうろちょろしているという事態さえ回避できればそれで構わないんだ。





《 ぽ ち 》
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