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第三部 第十三話 冤罪


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 手を挙げてくれたのは、ミスト事件の時にフレディが囮(おとり)として送り込んだ調査員さんで、今野美幸(こんの みゆき)さんというアラサーの女性だ。今野さんは目鼻立ちがくっきりしている女優ばりの美人。存在が目立ってしまうから、フレディはできるだけ調査に使いたくなかったんだろう。今野さんの結婚後、本人の安全確保を理由に調査業務から実質外していた。
 だが調査員が天職だと思っている今野さんは、デスクワークはしたくない。現場に出たい。双方の思惑が大きく食い違い、社を辞めるという方向に行きかけていたらしい。意欲的で、度胸も勘もいい調査員さんなんだ。もったいないよなあ。

 ただ、そこにはフレディならではの事情があった。姉貴と結婚して子供ができてから、フレディはますますリスクを取らなくなり、完全に守りに入ったんだ。
 調査会社として実績を積み、順調に経営規模を大きくしていったJDAは、主務を調査事業からコンサルタント業務へと変えた。調査部門は残してあるものの大幅に縮小し、企業向けにセキュリティ対策やリスクマネージメントを助言・指導するコンサル会社にすっぱり鞍替えしたんだ。ミスト事件があった頃にはまだ萌芽の段階だったコンサル部門を、大樹に育った今メインにすげ替えたということになる。
 その方針転換を変節だと責めることはできないよ。俺はフレディがこれまでどれほど多くのものを失ってきたかを、よく知ってるからね。今のささやかな幸福を絶対失いたくないという気持ちが、徹底したリスク回避に向かうのは仕方ないと思う。

 ただ……方針転換のとばっちりを食う職員がどうしても出てしまうんだよ。調査が主務でなくなれば、今野さんのような敏腕調査員の居場所が減るんだ。調査が天職だと思っていたのにその部門が削られたら、そらあべっこりへこむよなあ。俺だってひろの産休・育休期間中にJDAでのデスクワークで猛烈なストレスを抱え込んだから、今野さんの嘆きはよくわかる。今野さんは、転職するか俺のように個人事務所をやるかとだいぶ悩んだそうだ。
 だが今野さんのお子さんはまだ小さい。子供のケアを放り出して仕事に没入するわけにはいかないんだ。抱えている事情は、うちと変わらないってことだな。それで、フレディ経由でオファーが来た。隙間時間の活用という形になってしまいますけど、パートで働かせてくれませんか、と。

 普通なら、ずいぶん虫のいい申し出だと呆れるだろう。だが、俺にはそのオファーが神の声のように聞こえた。

「助かりますっ! ぜひお願いしますっ!」

 四の五の言ってる場合じゃない! 取り組まなければならない事案がずらっと並んでいて、その担い手はまるっきり足りない。業務執行体制が崩壊寸前なんだ。二つ返事でオーケーを出して、臨時出向という形で来てもらうことにした。JDAを退職するわけではなく、仕事をうちのものに振り替える。夏ちゃんの時と同じ形だな。
 沢本さん同様に現場に飢えていた今野さんは、嬉々として調査に出かけていった。すでに独り立ちできるくらい実力のある人だから、リスクのない仕事なら安心して全て任せることができる。正平さんルートの人探しを彼女に一任し、武田さんルートの素行調査を残る三人で持ってもらうことにした。

 今野さんという助っ人が確保できたことで、人のやりくりにはなんとか目処が立った。とはいえ、四件同時並行ってのは想像を絶する忙しさだった。足と目が人数分あればそれで仕事が済むっていうなら楽なんだけどさ。誰かが仕事を統括しなきゃならないんだよ。そして立場上、案件を統括できるのは俺だけなんだ。
 調査員からの連絡と報告を束ねて調査方針を決め、タイミングを外さないよう適時適刻に指示を出し、俺は俺で調査を遂行しながら報告書をまとめーの、関係者に聞き取りや説明に行きーの。過労死するんじゃないかってくらい、寸暇を惜しんで駆け回ったと思う。ひろには申し訳なかったんだが、初めて家事や育児の手を抜かざるを得なかった。それくらい、きつかった。

 その過重労働が、俺の勘や第六感、注意力を容赦無く削り取ってしまったんだろう。ガードが下がるのはまずいなあと思っていたものの、だからと言って足を止める余裕なんかこれっぽっちもなかったんだ。
 もちろん、最低限の注意事項には留意していたよ。その日もね。





(ブタナ)





Not Guilty by Andy Aledort / Lucky Peterson


《 ぽ ち 》
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