読書ノートの109回めは、原田ひ香さんの『ミチルさん、今日も上機嫌』(2014年発表。文庫版は集英社文庫)です。

 原田ひ香さんは、女性主人公の一風変わったお仕事小説をいくつも手がけられている作家さんで、『東京ロンダリング』『人生オークション』などの作品を書かれています。本作も、そうしたお仕事小説群の一つということになります。





 あらすじ。
 山崎ミチルは45歳の独女。その年齢より若くは見えるものの、紛れもなくオバサンです。妻子持ちだった鈴木という男と付き合ったことで、夫と離婚しています。その後鈴木から捨てられたミチルは、元夫から譲られた古いマンションで一人暮らししています。仕事はなく、貯金はあと三百万くらいしか残っていません。
 突然男との全ての縁が切れてしまったミチルですが、バブリーな時代に男にちやほやされ続けていた頃の感覚からどうしても抜けられません。背に腹は代えられないと渋々仕事を探すことにするんですが、スーパーのパートの面接に出向いて厳しい現実を突きつけられ、大破します。できる仕事が……ない。(^^;;

 で、四の五の言ってる場合じゃないと、チラシ戸配のバイトを始めることにします。配っていたチラシは、家賃の引き下げ交渉を代行しますという小さな会社のもの。ミチルは、特に関心がありませんでした。しかし、そのチラシを見た老女から交渉ってどんなことをするのかしらと聞かれたミチルは、老女に代わって不動産屋と交渉することになってしまいました。

 それが次々につながって……という話。






 感想を。おもしろかったです。
 ただし、正直言ってお仕事小説ではないです。ミチルが手がけるようになったのは、賃貸住居に住んでいる人が同じ住環境の他者に比べて損をしないよう大家に代理交渉する……いわゆる値切り屋です。ニッチな仕事だとは思いますが、需要はあるでしょうね。ものすごく特殊な知識や技能が必要なわけではなく、度胸があって機転が利けば成功します。主人公のミチルは、その条件を満たしていたということでしょう。
 それだけなら「へー、そんな商売があるんだあ」で終わり。別におもしろくもなんともありません。おもしろいのは、ミチルの心境の変化なんです。

 ミチルの設定がとてもよくできています。バブル華やかなりし頃に仕事でもオフでも大した苦労もせず、男たちにちやほやされ、その感覚のままふわふわと生きている間にどんどん地盤沈下して、今はすっかり役立たずのオバサン。男たちの誘いのままに浮名を流したのは今は昔。自分の浮気が原因で夫から離縁され、貯金はちょっぴりしかなく。財産と言えるようなものは先行きを心配してくれた元ダンナが残してくれたおんぼろマンションだけ。全く生活感がない、脳内お花畑女性なんです。(^^;;

 当たり前だと思うんですが、『女』であることを武器にして立ち回るには女を磨く必要があるはず。でも、成功体験しかないミチルはぐだぐだなんですよ。そして、いつも意識が過去ばかりに向いてます。あの頃はよかったよなーと。そんなミチルが現実に向き合うことになったきっかけは、仕事ではなくかつての男たちの『今』なんです。

 どうしても過去の甘露を忘れられないミチルは、仕事の合間に往時関わっていた男たちにアプローチするんですが、彼らとの再会で思い知るんですよね。劣化しているのは自分だけではない。当時ミチルたちをちやほやしていた男たちも、堅実になっているという見かけの裏でふすふすと劣化していることを。バブルの引き潮に虚飾を剥がされ、今は誰もが縮んでいるということを。
 でも、縮んでゴミになってしまったオトコもいれば、実物大の自分にしっかり作り直しているオトコもいるんです。ミチルはそこに自分を並べて、自己点検を始めます。

 厳しい現実は、自分を取り巻く環境から突きつけられるものではなく、『今』から目を逸らしたことによる落差によって生まれる……それがミチルのイタいあがきからダイレクトに伝わります。
 逆に言えば、自身の劣化を止めるためには『今』を見据えるしかないわけで。最後にミチルが手にしたものは、仕事ではなく『今』だったんじゃないかなと。そう思いました。






 テクニカルなところを。

 一人称による展開。わたしの好きな描き方です。
 ミチルは、よく言えばおおらか、裏返せば人生観や倫理観がルーズで場当たり。現実感覚の極めて乏しい女性です。外見的にはひどくだらしない女性ということになるんでしょう。これを三人称で描いたら、読者の心証は最初から最後まで真っ黒けになってしまいます。天然の入ったミチル一人称の書き方だからこそ心情に追随できるわけで、とても理にかなっていると思います。

 修辞はあっさりめですが、行動描写がとても的確なので、展開の地味な話によくありがちな退屈な印象には落ちません。かつてミチルを取り巻いていた男たちと、ミチルの顧客になる老人たち、いわゆるモブ(その他大勢)の描き方が優れていることも、この小説を魅力的にしていると思います。

◇ ◇ ◇

 最後に成功を収めて大団円という小説ではありません。ミチルが今の自分を受け入れる。渋々ではなく、過去を自力でアルバムに収めて、それを微苦笑とともに眺めながら今という向かい風に顔を向ける。そんな印象の残る好作でした。


 次回。読書ノートはお休みして、雑感や読書状況などをつらつらと。





Everyday by Dave Matthews Band

 ハグ屋さんということになるんでしょうか。(^m^)
 でもお金は要らないと言っているので、ライフワークなんでしょう。(^^)


《 ぽ ち 》
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