読書ノートの106回めは、田辺聖子さんの『ジョゼと虎と魚たち』(1985年発表。文庫版は角川文庫)、野中柊さんの『銀の糸』(2006年発表。文庫版は角川文庫)です。どちらも短編集です。

 田辺聖子さんについては、あえて説明する必要はないかと。女性の恋や人生をテーマに関西弁の柔らかい語調で数々の作品を書き綴られた名作家さんですね。『おちくぼ姫』『言うたらなんやけど』など、多数の作品を遺されています。表題作はアニメや映画の原作として使われたので、それをご覧になった方もおられるでしょう。

 野中柊さんは、わたしより少しだけ年下ですがほぼ同年代。恋愛ものを中心に、繊細ながら陰影のくっきりした話を編まれます。『参加型猫』『恋と恋のあいだ』などの作品を書かれています。童話なども手がけられていますね。









 あらすじというより、両作とも短編集なので、収録作一覧を。

 『ジョゼと……』は、『お茶が熱くて飲めません』『うすうす知っていた』『恋の棺』『それだけのこと』『荷造りはもうすませて』『いけどられて』『ジョゼと虎と魚たち』『男たちはマフィンが嫌い』『雪の降るまで』の計十編。

 『銀の糸』は、『しゃぼん』『セカンドハウス』『銀の糸』『遊園地』『メトロノーム』『祝福』の計六編。

 一冊のボリュームが違いますが、一編あたりの尺は両作ほぼ同じくらいです。
 田辺さんの方は、全て女性視点ですね。野中さんの方は『セカンドハウス』『メトロノーム』以外は女性視点。どちらの作品も、女性読者にアピールするものとして手がけられていると思います。




(ヒイロタケ)



 感想を。
 まず田辺さんの方から。柔らかいですねえ。ほんまに。
 かあなり艶かしいんですが、そのエロスを極力直接描写しない。やや引いて、その引いたところから女性の情動を少し離して並べ、やんわりと動かす。
 それぞれの話の設定はベタで、会話も身も蓋もないんです。でも、それが田辺さんの手にかかると『整う』。取り澄ますでも浄化するでもなく、整う。とても不思議だなあと。

 どの話もまんべんなく良かったんですが、タイトルの『ジョゼと虎と魚たち』だけは別格ですね。良し悪しとは関係なく、別格でした。恋愛の偏りや不自由さを、これほど険しくかつ美しく書き表した作品を見たことがありません。それを喜劇でも悲劇でもなく、事実としてさらっと置いてみせる手腕にぞくぞくっとしました。
 ジョゼの最後の独白。「アタイは死んだものになってる」という科白は、読者に様々な影を落とします。その影を具体化するために、どうにかして映像化したいという欲が湧くのは当然かもなあと深く納得しました。

 野中さんの方。こちらは、恋愛感情の動きをストレートに表した作品群ですから、ずっと生です。その生っぽさを愛せる人にはぐっと来るでしょうし、直球系は苦手という人には合わないと思います。わたしもどちらかと言えば苦手。(^^;;
 話によっては性描写が多めです。愛情表現の一つの形として性交を描いていますから決して猥雑ではないんですが、話のど真ん中にどかんと置かれるとちょっとね。それって、どうしても必要?

 ということで、六編のうち主人公の感情の動きに素直に連動できたタイトル作の『銀の糸』、失ったものと恋愛との対比が切ない『メトロノーム』『祝福』はとても情緒的でいいなあと思ったんですが、『遊園地』は最悪。『セカンドハウス』もちょっとね。短編集としてまとめる目的が恋愛感情の多様性表現なら、エッジの立ったものが混じるのは仕方ないかもしれませんけど、わたしの好みではありませんでした。




(カシワバアジサイ)



 テクニカルなところを。
 田辺さんの文章はみなさんよくご存知だと思いますが、関西弁がベーストーンでとても柔らかいです。使われる言葉や表現にも品があって、下世話な話ですらうまあく丸めます。その手際に「ほうっ」と声が出てしまいました。全編三人称で俯瞰視点で描かれているのも、生臭くなりにくい要因かもしれません。

 方言ベースですから当然逆評価もあるわけで、標準語で書かれていない分、特殊性を強く感じて引っかかる人がいるかも。
 あと、男性の作り込みがややパターン化していて小さめかな。女性の共感は得られても、男から見るとなんだかなあと感じてしまう固定観念がちらほら。それが少し気になりました。

 野中さんの文章は一人称メインで、読者が主人公に共振しやすいスタイルです。修辞は派手ではないものの、景観も情感も必要十分に彩色されていてとてもきれいです。ただ、前述したように話によっては性描写が頻繁に出てくるので、その生臭さが苦手な人にはお勧めできません。

 現在、小説での性描写は全くタブー視されていませんので、読者はそういうシーンが出てきても一々欲情しません。微エロくらいならともかく、正面切ってやっさもっさを描かれると「勝手にやってろ」と逆に萎えます。物語の登場人物と読者との距離は、かえって空いてしまうんです。尺の短い短編だと特にね。わたしは、その違和感を最後まで払拭できませんでした。

◇ ◇ ◇

 ともあれ。二作とも、短尺ながら細やかな女性心理をしっかり掬い取って描写した作品群です。最近心が乾いてるなあと思われた方は、一読してみてはいかがでしょうか。しみじみできるか、あほかと放り出すかは、その時の気分次第ということで。ええ。

 わたしのような朴念仁は、その間にやっさもっさと畑を耕すことにいたします。(笑


 次回の読書ノートは、白石一文さんの『草にすわる』です。




Sweetest Love Affair by Matt Bianco


《 ぽ ち 》
 ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村