読書ノートの102回めは、寺地はるなさんの『月のぶどう』(2017年発表。文庫版はポプラ文庫)と、林真理子さんの『葡萄が目にしみる』(1984年発表。文庫版は角川文庫)です。

 寺地はるなさんは、2014年に『ビオレタ』でデビューされたまだ若い作家さんですね。柔らかいトーンながら、陰影に味のある作品を編まれています。『ミナトホテルの裏庭』、『今日のハチミツ、あしたの私』などの作品があります。
 林真理子さんに関しては、わたしががちゃがちゃ言う必要はないでしょう。当世を代表する女性作家さんの一人ですね。女性の密やかな心情やコンプレクスをテーマに数々の恋愛小説を編まれています。本作は直木賞受賞作で、テレビドラマ化もされています。

 二作に特定の共通点があるわけではないんですが、葡萄がタイトルに入っていますので、並べてみようかな、と。









 あらすじ。
 『月のぶどう』は、天瀬歩(男)と光実(女)の双子の姉弟が主人公。二人の母親が突然死してしまうというところから話が始まります。この姉弟、見た目はともかく性格がかなり違います。姉はまじめなしっかりもので、目標に向かって着実に進むタイプ。弟は出来のいい母や姉にものすごく強いコンプレクスを持っており、引け目を感じています。性格はふわふわでいい加減。
 天瀬ワイナリーの実質経営者だった母の死で、すぐに後継を考えなければならなくなった光実は、フリーターだった歩を呼び戻すんですが……。コンプレクスの塊である歩は正直家業に関わりたくなかったんです。でも姉の強がりが実はもろさや弱さの裏返しであることを知っている歩は、渋々ですが姉の手伝いをすることを決めます。
 ……というお話。

 『葡萄が目にしみる』。主人公は、発話時中三の岡崎乃里子。葡萄農家の娘で、同級生や従姉にかわいい子が多いのに自分は……と、自分の容姿に強いコンプレクスを抱いています。高校をどうするか、深くは考えていなかったんですが、クラスメートが大勢行く女子校には進みたくなかった乃里子は、共学の弘明館高校に行こうと決意し、入学を果たします。
 放送部に入り、先輩の保坂やラグビー部の岩永らに惹かれたり反発したりを繰り返しながら高校生活がゆっくりと過ぎ去っていき……というお話。




(アオツヅラフジ)



 感想を。どちらも想定以上によかったです。

 『月のぶどう』。歩と光実、それぞれの一人称で展開する話なんですが、実質的には歩ベースの作品だと思います。
 歩は自己肯定感の低い、ダルな男。優しい性格でありながら、自分を極端に低く見ていますからその優しさの出口がないんです。コンプレクスの鎧がちがちの状態ですね。外見的にはしっかりものの姉光実の方がずっと人間的に完成しているように見えるんです。でも、光実も「しっかりしなきゃ」という自己叱咤が強すぎて、内面はぼろぼろ。弱みを人に見せられないので、弟にしか自分を出せません。

 強制的にブドウ園の世話や醸造をすることになってしまう歩の周辺にいる仕事関係者は、ダルな歩を冷ややかに見る者ばかり。でも一番弱い歩にだけ、周囲の人たちが抱えてきた弱みやホンネが見えてくるんですよ。
 歩にとってはしんどい環境変化だと思うんですが、ラッキーだったのは幼い頃からの友人広田と祖父が自分を信じてくれたこと。歩は、そこから少しずつ坂を登り始めます。
 光実は逆ですね。光り輝くやり手の母に憧れ、それに少しでも近づこうと努力を重ねているんですが、母ほど強くはないんです。

 見失っていた自分の姿を、葡萄園の仕事と人との関わり合いを通じて少しずつ探り当てる。でも、単純な成功ストーリーにはしていません。素晴らしいワインに酸甘辛苦渋の全ての要素が揃うように、双子姉弟の旅の始まりをほの明るく彩る……そういうトーンでした。
 決して派手な話ではないんですが、淡いラブストーリーを横糸に絡めながら二人の心の醸成を描いていて、とてもよかったです。


 『葡萄が目にしみる』。正直、野郎は蚊帳の外ですね。(^^;;
 あくまでも女性視線で、思春期の高校生、それも容姿に自信がなくて、奥手で、恋に恋するところのある乃里子を忠実に描き出しているので、主人公に重ねられる部分が多い人ほど親近感を感じると思います。
 乃里子は、決して一途な性格ではないんですよ。それは物語の進行中に意識がどんどん変わっていくことでわかります。ただ、多情とまでは言えません。誰の注目も集めない存在ならば、その自分に少しでも関心を向けてくれる人にどうしても傾斜するからです。つまり恋愛感情というより強い認証願望が根底にあることが、本話独特の雰囲気を作り出しています。

 自分に強い自信を持っている人なら、ふらふらと意識が男の間をさまよう乃里子の姿がこっけいに見えてしょうがないかもしれませんね。でも、人を強く意識するということが自分を変える大きなモチベーションになる……そのプロセスが等身大で描き出されていて、嫌味がありません。

 その分、成人した乃里子が最後にふと過去を回想するシーンがものすごく浮いているように感じました。オトナからみればそう思うようなあと理解はできますが、個人的にはしっくり来なかったかな。




(ノブドウ)



 テクニカルなところを。

 『月のぶどう』。わたしの好きな一人称二人による展開。対照的な姉弟の視線を交互に描きますから、心情変化や心の醸成がとてもわかりやすいんです。特に弟の歩の描写がすごくよかった。後ろ向きであっても核にあるのが優しさだということが、一人称だと最初から最後まで一貫して揺らがないからです。

 修辞はとても柔らかいです。会話が関西弁で、とがったやり取りすら丸めてみせます。ぼけっとした広田やちゃめっけのある祖父、穏やかな父が決して歩を否定せず、こそっと背を押す描写が素敵で、読んでいてうるうるします。

 ともすればおちゃらけに落ちそうなぎりぎりの線まで緩めて、しんどい話に膨らみを持たせる手法は、とても参考になりました。わたしは結構崩してしまうので。(^^;;


 『葡萄が目にしみる』。いやあ、さすが林さん。本当に文章が流麗ですね。田舎高校生の意識や関心、視点、心の動きを過不足なくぴったりに書いていて、すんなり乃里子の世界に入り込めました。林さんの作品にファンが多いのも、素直に頷けました。
 農作業の様子や通学風景、イベントの描写、友人の行動、女の子同士の駆け引き……どれも、無理なく作品の中に溶け込んでいて、映画なんか見なくてもきれいに絵柄が組み立てられます。ナチュラルな修辞で物語を組み立てる技能という点では、文章書きのメルクマールになると言っていいかも知れません。

 その反面、話の中で乃里子にものすごく大きなアクシデントやイベントが生じるわけではないので、するっと読み流されてしまうリスクはあります。
 オトコであるわたしの場合は、筋立てや乃里子の心情変化が素敵だから読み進んだというよりも、林さんの文章の流麗さに引っ張られたかもしれません。でも、いい作品だと思います。

◇ ◇ ◇

 寺地さんと林さんの作品。寺地さんの方が自分探しメインで、恋愛はおかず。林さんの方は恋愛がメインで自分探しはおかず。そんな風に見えるんですが、実際にはそれほどの差はないかなと思います。
 歩が光実とともにワイナリーを継ぐ覚悟をすること、乃里子が高校の部活でアナウンスをやっていたことを先々活かすこと。自分の道を探し当てるプロセスは同じです。そして、歩と乃里子がどちらも恋愛に近づききれず、持て余した感情を考えさせながら物語を閉じるという構造もよく似ていました。

 葡萄というモチーフはおいしいんだなあと、意識が別の方向に引っ張られた食いしん坊おやじなのでした。はは。


 次回の読書ノートは、山本弘さんの『詩羽のいる街』と吉永南央さんの『ヒワマン日和』です。





Peel Me A Grape by Diana Krall


《 ぽ ち 》
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