$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 第九話 口説く


(3)



 調査時間と期間を分ければ、俺一人で調査がこなせないこともない。だが所長の依頼は、調査期間が短い上にこの先どう転ぶか予想が付かない。きっちり集中しないと、何も出てこないだけじゃなく俺までとばっちりを食ってしまう。幼稚園案件の方も、宝井さんが一ヶ月後に式を挙げる予定らしいから、すぐに動かないとならない。こっちもきっと一筋縄ではいかないだろう。片手間にはできないんだ。

 たっぷり唸って、悩んで。俺は一日だけ猶予をもらうことにした。

「所長。一日ください。その間に調査実行態勢を整備します。正式なお返事はその時に」
「やってくれるんだろ?」

 所長の確認には、珍しくどすが効いていた。デッドラインまでの七日間、その一日を消費することになる。期待させといて、できませんとひっくり返したら承知しないぞというはんぱないプレッシャーを感じる。それだけ、所長も追い詰められているということなんだろう。
 だが追い詰められてるのはこっちも同じ。うちは沖竹の下働きじゃないんだし、立場はイーブンに揃えておかなければならない。俺の方の事情もオープンにしておこう。

「依頼がダブってるんです。所長の方が条件がきついので、俺が直接当たります。もう一方の素行調査をこなせる調査員を、急いで確保しないとならないんです」
「そっちは俺が出そうか?」

 所長の申し出はありがたかったが、即座に断った。

「所長。釘を刺しておきますね。もう一件の方も、図式は所長と全く同じですよ。俺は依頼を断りたいんです。でも、その材料がない」
「む……」

 大手だからできるという奢りをうっかりぶちまかしてしまった所長は、ひどくばつが悪そうだった。

「済まん」
「いや……こういう時は、もっと早く来てもおかしくなかった。俺の備えがとことん甘かっただけです」

 ふう……。

「明日の昼までに俺が直接そちらに伺いますので、詳しい話はその時に」
「わかった。待ってる」

 一切の無駄口を利かず。所長はさっと帰って行った。

「むっかつくー!」

 小林さんが、所長の背中に槍をぶっ刺しそうな勢いでぶりぶり怒っている。そらあ、初対面の人からいきなり家出娘かと言われりゃかちんと来るわな。

「ははは、まあ、沖竹所長はそういう人だ。だから、調査業しかできないんだよ」
「え?」

 きょとんとする小林さん。

「対人関係、全滅さ。小林さんの対人恐怖はひどく苦手というレベルだけど、あの人のはほとんど壊れてる」
「そんなんで、探偵なんかできるんですかー?」
「逆だよ。だからできるんだ。私みたいなへっぽこと違ってね」
「え……ええー?」

 目を白黒させてやがる。ははは。

「なあ、小林さん。沖竹所長がここにいる間、君の容姿に一度でも反応したか?」
「あ、そう言えば」
「それが沖竹所長なんだ。あの人は全ての事実を、実際に自分の目で見ているものも含めて全否定するところから調査を始める。私や小林さんに対してだけでなく、誰にでもそういう態度を取るんだ」
「うわ……」
「それは日常生活を送る上では最悪だよ。誰も信用しないってことだから」
「うん」
「でも、探偵としては最高の資質さ」
「どうしてですかー?」
「思い込みを、百パーセント排除できるからね」
「ふうん」

 尻ポケットから手帳を引き抜いて、小林さんに向けてかざす。

「私のどたまはよくないから、いろんなことを手帳に書き留め、それをしっかり揉んで推論を導く。でも、あの人はそれを頭の中で瞬時にやっちゃうんだ。元が天才プログラマーだからね」
「ひええっ!」

 のけぞって驚いてる。人は見かけによらないだろ?

「だけど、いくら天才でもノーヒントでパズルを解くのは無理さ。沖竹所長も、そこが相変わらずなんだよなあ……」





《 ぽ ち 》
 ええやんかーと思われた方は、どうぞひとぽちお願いいたしまする。(^^)/


にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村