《ショートショート 1207》


『三色旗』 (トリロジー 17)


ワンダ先生の授業は、すっごくおもしろい。
正解とか間違ってるとか、そういうのがないんだ。
もちろん成績とか順位つけたりとか、全然ない。
そんなの、なんの意味もないわって言い放つ。

でも、だらだらの遊びだけの授業かって言うとそんなこと
ない。
だから、『授業』なんだってことは僕らにもはっきりわか
る。

「さあ、みんなー。今日の授業は『三色旗を作る』です」

ほら。今日もなんかおもしろい授業になりそうだ。
楽しみ、楽しみ!




(ノースポール)



先生が白板にトリコロールと書き出した。

「ええとね。国旗には国のシンボルや理想というものが
様々な色や形で取り入れられているんです。中でも多いの
は三色旗ですね。フランス、イタリア、ドイツ、ロシア、
他にもいっぱいあります。その三色に、自由とか寛容とか
博愛とかいろんなものを象徴させているんです」

ふむふむ。

「でね。みんななら、どんな三色旗を作るかなーって、先
生興味しんしんなの」

急に教室の中がざわざわし始めた。おもしれー。

「でもね、一人一人やってたら、それは単に自分の好きな
色で塗った旗になっちゃう。国旗にはならないよね」

う、そっかあ。

「じゃあ、国を作っちゃいましょ!」

おおおーっ! みんなが一斉に声をあげた。

「セブンスグレードのワンダクラス。ここが独立国ね。わ
たしは一応国王ってことになるけど、立憲君主制。つま
り、わたしはお飾りなの。国の舵取りはみんながやる。も
ちろん、国旗をどうするかも、君らが決めないとならない
の」

「話し合いでですかー?」

さっと手を上げたメグが確かめた。

「さあ」

先生が、にやっと笑った。

「いろんなやり方があるよね? 全権代表を決めて、その
人に一任する。メグが言ったみたいに話し合い……つまり
閣議で決める。直接投票して、得票の一番多い候補に決め
る。そしてね……」

ばん! 先生が、突然教壇を強く叩いた。
音にびっくりして、のけぞっちゃった。

「殺し合いで生き残った人の案にする」

げ……。

「でも、そんなの意味ないと思わない? 最後の一人に
なっちゃったら、旗を持っていても意味がないでしょ?」

ほっ……教室の空気が緩んだ。

「旗というのは、国民じゃなく、国を象徴するもの。それ
がどうやったら実現できるのかっていうところには決まり
がありません。だから先に国を作って、その決まりを定め
てみて」

僕らをぐるっと見回した先生は、もう一回にやっと笑った。

「わたしが何か言ったら、わたしの国になっちゃうわ。君
らで全部やり方を決めてね。旗が決まったら、先生まで報
告してください。じゃあ、建国スタート!」

って言うなり。先生は職員室に帰っちゃった。




(アスター)



どうする? みんな困っちゃった。
国かあ。国の偉い人になったら、その人が国を動かせるん
だよね。そしたら、旗なんかちょろいもんじゃん。
じゃあ、大統領になろう!

みんながそう考えたから、全員大統領になっちゃって、そ
の案は速攻でぽしゃった。

先生に報告に行くのは日直の仕事だから、今日日直のボブ
を仮の大統領にする。
たったそれだけのことを決めるまで、ものすごくもめた。

で、旗の原案をどうするか。
みんな、自分の案を推したいよね。
そうすると、声がでかいやつの意見が通っちゃう。
大統領が一人で勝手に決めるのと違わないから不公平だっ
ていう意見が女子からいっぱい出て、自分推し禁止になっ
た。

じゃあ、無記名投票で少しずつ絞り込んでく?
今度は男子が難色。
だって女子はすぐ結託する。組織票をまとめちゃうんだ。
それは……いい案を選ぶっていうのとはちょっと違うよね。

結局、個人の案をもとに選ぶのは無理だってことになっ
て、いくつかの班でアイデアをまとめることにした。
いわゆる地方自治ってやつかな。

でも。班の中でも意見がまとまらない。やっとなんとか形
にできたと思ったら、今度はあっちの班の方がいいとか、
あいつをこっちの班に呼べとか、なんか多数派工作みたい
のが始まって……結局ぐちゃぐちゃになっちゃった。




(ガーベラ)



ワンダ王国は、結局旗を決めることができなかった。
幻の三色旗、かあ……。

結果報告に行った仮大統領のボブが先生を呼びに行って、
いつものようににこにこしている先生が教壇の前に立った。

「ね? 難しいでしょ? 旗を決めるのなんか簡単だって
思ってなかった?」

うんざり顔で、みんなうなずく。

「そんなわけないわ。一人一人がみんな自分の旗を持って
る。それを集めて国の旗を作るには、自分の色を捨てない
とならないの。三色になるまで……ね」

教室内がしんと静まり返った。
ワンダ先生の暖かい声が響く。

「たった旗一つ決めるだけでこんなにもめる。そんな国な
んていらない。みんな、そう思わなかった?」

ばらばらだったけど、うなずいた子が多かった。

「そうね。でも、国がなければ大きなことは何もできな
い。一人でまなかえることは限られるから」

うん。確かにそうだよな。

「みんなの力を合わせて国を作ろうとすれば、削り落とす
自分の量に差ができちゃう。ものすごく得をする人と、損
をする人が出るの。でも、誰も損をしない力の合わせ方な
んかないでしょ?」

先生が白板に長四角を書いて、それを三つに区切った。

「そうしたらね。みんなが、疑いなくいいなあと思える抽
象的なことを三つくらい選んで、それを見えるところに
飾っておく。誰も損をしない。誰かだけが得をすることも
ない。一つだけでもいっぱいあり過ぎても嘘くさいから、
三つ。三色旗っていうのは、そういうものなんです」

ふうん……。

「でも、旗は旗にすぎないわ。それが君たちの代わりに何
かしてくれるってことは、絶対にない。そうでしょ?」

うん。

「旗に象徴されるものを、絶対に盲信しないようにね」

その時だけ真顔になったワンダ先生が、ぐるっと僕らを見
回した。

「いい? 旗を作れなかった君たちの方が正解なの。君た
ちが自分を削り落とさなかったから、この国の旗を作れな
かった。でも、あってもなくてもいい国と、君たちとでは
どっちが大事? 入れ物だけの国なんて、何の意味もない
わ」

「でもぉ……」

メグが首を傾げながら手を挙げた。

「それなら、なんで国家っていうのがあるんですかあ?」

ワンダ先生が、笑ってそれに答える。

「あはは! メグ。それは逆よ。なんのためにあるかなん
て、今どんなに考えたってしょうがないでしょ? もうあ
るんだから」

「あ……」

「それなら、あなたの色なんか旗にないぞって言われない
ように君たちが備えなきゃ。それだけなの」





Tricolor by AYN Project


《 ぽ ち 》
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