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シーズン4 第六話 白蛇(1)




太陽が少しずつ天空の高みを通るようになり、ケッペリア
を覆う暑さに芯が通り始めた。
執務室から見える景色も色や輪郭が定まり、夏色を帯びる
ようになった。
吹き込む風がじわりと汗を呼ぶ。

「ふうっ。徐々に暑くなってきよったの」

「そうですね。はあっ……」

暑さが苦手なソノーは、これからしばらくが試練の時じゃ。
今からげんなりしておる。
じゃが、げんなりしておる理由は暑さだけではない。

「やだやだやだあっ!」

庭で、激しい叫び声が響き続けておる。
見下ろすと、地面に寝っ転がったエルスが砂浴びする鳥の
ように手足をばたばたさせていた。
付き合わされたラインは、何をどうしていいのかわからず
におろおろしているだけ。
まだマルタが帰って来んので、女王様エルスを上手に泳が
せておける者が誰もおらんのじゃ。

メイやソノーはマルタ不在ゆえ家事や勉学が忙しくなって
おって、エルスを構ってやる暇がない。
レクトは、本格的に暑くなってしまう前に根を詰めて棒術
の訓練をしておきたいので、エルスから逃げ回っている。
それでなくともわがままなエルスが、不満を爆発させてお
るのだ。
アラウスカはエルスを甘やかすだけ甘やかし、一切後始末
せんしの。

これまでは幼児ゆえ仕方ないで済ませたが、さすがに悪魔
の三歳は伊達ではないな。
自分の言い分が通るまで徹底的に泣きわめき、強情を張り
続ける。
一番手の空いている者がラインだとは言え、幼女設定のラ
インにエルスの子守をせよというのはどだい無理な話じゃ。
案の定、お手上げになっておる。

もっとも。
もしここにマルタがおったにせよ、あやつはエルスを泳が
せておくだけじゃ。躾けるつもりなどさらさらない。
あやつ自体が堅苦しい決まりごとを嫌っておるからの。

世の中全ての者がエルスを女王様として扱ってくれるなら
ばこのままでも構わんのじゃが、あいにく逆じゃ。
屋敷を一歩出た途端に、エルスのわがままを聞いてくれる
者なぞ誰もおらぬようになる。
それを早くに悟らせぬと、身の破滅じゃ。

「ううむ……」

実親のエレアがおれば、愛情と厳しさを組にしてエルスを
躾けるじゃろう。
されど我々は庇護者に過ぎぬゆえ、そこがどうにも難しい。

物心つく前に親を失った辛さでエルスが潰れぬよう、屋敷
の面々はこれでもかとエルスをかわいがってきた。
じゃがエルスがそれに慣れてしまうと、愛情というものの
色形を何も考えぬようになる。
あるのが当たり前のものを、幼児が意識するわけがない。
どうしたもんかの。

ラインの窮状を察したアラウスカが、しょうがないねえと
いう表情で救助に向かったが……それでは解決にならんか
らのう。

◇ ◇ ◇

屋敷裏の川のほとり。
私は腕を組んだまま、流れをじっと見下ろしていた。
隣にはラインがおる。

「すみません。やくたたずでー」

「いや、お主はよくやってくれておるぞ。本当に助かる」

「えへ」

こそっとラインが笑った。

「じゃが、そろそろお主は夏眠の時期じゃろ?」

「うん」

ここのところ好天続きで気温が上がり、空気がひどく乾き
始めた。
元が蝸牛(かたつむり)のラインは、ソノー以上に高温と
乾燥をひどく苦手にしておるゆえ、そろそろ休ませねばな
らぬ。
そもそも、マルタとイルミンの教育用じゃったからの。

「夏が過ぎたら、また手伝ってもらえるか?」

「わたしがいきてたらー」

そうなんじゃ。そこがな……。
殻にこもり、扉を閉ざして日陰の土の中に埋まる。
それが夏眠じゃが、夏眠によって確実に夏を越せるとは限
らぬのだ。特にラインのような幼児の場合はな。

「北側の軒下が比較的涼しいじゃろう。そこで夏を過ごし
てくれい。大変ご苦労であった」

「うん」

ラインがゆったり屋敷に戻ったのを確認し、術を解いた。
突然ラインがいなくなったことで子供らが落胆するかもし
れんが、シアの時の愚を再々繰り返すわけにはいかぬ。

気が晴れぬまま水際で佇んでおったら、一人のネレイスが
ぽかりと水面に浮き上がった。

「どしたん? 元気ないけど」

「まあ、いろいろあるんじゃよ」

「ふうん」

「お主らはいいのう。悩みがなくて」

「そんなことないよー」

「ほう?」

そのネレイスが、どうにも困ったという表情をした。

「あたしたちは、みんな女ばっかなんだけどさー」

「見てくれの通りじゃな」

「そ。でも、中には変わったのがいるんだよ」

「男か?」

「男の子。きっと、あたしたちの種族とは違うんでしょ。
でもそいつ一人だけだし、一緒に住んでるんだけど」

「問題があるのか?」

「辛気臭いの」

というより、お主らが能天気すぎるんじゃろう。
全力で突っ込みを入れたかったが、そこはぐっと堪える。

「ふむ。珍しいな」

「まあね。あたしたちはこれから繁殖期で、海に出て婿探
ししないとなんない。でも、あいつは種族が違う上に未成
熟で、あたしたちの伴侶にはなれないんだわ」

「みそっかすになってしまうということじゃな」

「うん。どうしたもんかなあと思ってさ」

「お主らも、群れで暮らしとるからのう」

その時。ふと思いついた。

「のう。その男の子は、地下泉から出たことがないんじゃ
ろ?」

「ない。ここに来たこともないよ」

「私の屋敷にも、厄介な子が一人おってな。ここから出た
ことがない」

「辛気臭いの?」

「いや、元気があり余っておる。その上、お主ら以上にわ
がままじゃ」

「ふうん」

「一日だけ交換してみぬか?」

「えええっ?」

驚いて跳ねたネレイスが、ざぶんと大きな水音を立てた。

「いいの?」

「まあ、同じところにずっとおれば、そこしか分からんじゃ
ろ。お主らは海と行き来するし、屋敷の者も多くは外とつ
ながりがある。外を知らねば、考えを変える機会が得られ
まい」

「いや、それは分かるけどさ。あたしたちは世話しないよ?」

「男の子も放置しとるんじゃろ」

「そう。あたしたちが群れてるのだってエサを獲るためで、
仲間っていう意識はあんまりないし」

「分かっとる。今と違うところを見せる訓練に過ぎぬ。一
日だけだしな」

「一日かあ。それならなんとかなるかな。絶食させても死
にはしないよね」

「まあな」





(スズランズイセン)





Snakecharmer by Ottmar Liebert


《 ぽ ち 》
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