《ショートショート 1190》


『部分日食』 (カウンセラー 4)


「ぼーっとしてる。珍しいな」

企画書清書中という格好のまま、今野さんがパソコンの前
で固まっているのを見て、俺は思わず足をとめた。
快活できびきびがトレードマークなのにどうしたんだろう
と思ったのは、俺だけじゃなかったらしい。
オフィスの真ん中に、どかんと障害物が置かれたかのよう
な不自然さな歪みが出来て、いつもはスムーズな人の流れ
が滞っていた。

今野さん自身が近寄るなオーラを出してるわけじゃないの
に、どうにも近寄り難い雰囲気だ。
だけど、このまま放置もできない。
いっちゃん下っ端の俺になら理由をげろしてくれるかなと
思って、昼休みに社食で声をかけてみた。

「今野さん。今日はずっとローっすね」

「まあな」

ふっと一つ小さな溜息をついた今野さんが、テーブルにト
レイを下ろすなりぼそぼそと話し始めた。

「いや、大学の後輩から相談を持ちかけられていてな」

「へえー、女の子すか?」

「タマは勘がいいなあ」

「へへ」

今野さんはすげえ切れ者だけど、それを鼻にかけることが
ない。
親切で話しやすいから、俺も含めてぺえぺえの若造にはあ
りがたい存在なんだ。
ただ、その分今野さん自身の負担は増えるだろなと、前か
らそう思っていた。

温厚で口の堅い人には愚痴をこぼしやすい。
でも、そういう人は聞いてくれるだけで、「だからどうす
る」は出てこないんだ。

温厚で口が堅い上に的確な示唆をくれる人が上等のカウン
セラーなんだろうけど、今野さんの商売はカウンセラーで
はない。俺と同じ、ただの社員だ。

俺らはそれをよく知ってるから、今野さんに仕事以外のプ
ライベートな相談ごとは持ちかけない。
でも……大学の後輩相手だとそう割り切れないんだろう。

◇ ◇ ◇

社食では時間がなくて、突っ込んだ話ができなかった。

今野さんの異変は午後も続いていて、相当しんどかったの
か俺の携帯にショートメールを放り込んできた。

『夜、いいか?』

いつもは、しっかりサポしてもらってる。
俺で役に立つなら、話を聞いてあげよう。
そう思ってオーケーを返した。






「うーん……そういうことっすかあ」

今野さんが持ちかけられたという後輩からのお悩み相談
は、確かに半端なく重かった。

まだ大学に入ったばかりだというのに、悪質なナンパ野郎
どもに引っかかってコマされ、妊娠してしまった。
半ば強姦に近い形だったから相手が誰かもわからず、恥ず
かしくて堕ろすこともできなかった。

彼女の親は半端なく厳格で、妊娠を知られたらその場で親
子の縁を切られかねない。
でも、バイトどころか家事手伝いすらしたことのないお嬢
様には、自分の明日が全く想像できない。
ぼーぜんじしつ……ってことか。

「タマならどうアドバイスする?」

今野さんにそう振られて、思わず苦笑する。

「それ以前に、そもそも女の子の相談相手はお断りっす」

「へえー? どうしてだ?」

「俺はカウンセラーじゃないっすから」

「ふむ……」

「いや、前にひどい目にあったことがあるんすよ」

「勤め始めてからか?」

「学生の時っす」

その時のことを思い出し、酒が一気にまずくなった。

「同じサークルに、すっげえかわいい子がいて」

「うん」

「その子が、潤んだ瞳で俺に持ちかけるわけっすよ。相談
したいことがあるって」

「なるほど」

「一応、期待するじゃないすか。こう、話を聞いてる間に
距離が近くなって、こう、盛り上がって……とか」

「違ったってこと?」

「ええ。同じサークルの先輩にコクりたいんだけど、そい
つのことをいろいろ教えて欲しいって」

「うう……」

今野さんが、頭を抱え込んでうなった。

「生殺しだな」

「そうなんすよ。しかもその先輩てのが、タラシで超有名
だったやつで」

「ぐわ……」

「俺が何をどうアドバイスしたって、ひがみにしか聞こえ
ないっす」

「どうなったんだ?」

「その子、見事にタラしこまれて」

俺の腹を指差す。

「今野さんの言ってた後輩と同じ。出来ちゃって」

それから、居酒屋の出入り口を指差した。

「ダイガクやめました」

今野さんは、グラスを持ったままじっと黙り込んでしまっ
た。
俺はあの時の苦い思い出を、今でも大きな傷として抱え続
けている。

「今野さん。俺、その時に思ったんすよ」

「うん」

「人ってのは、部分日食みたいだなって」

「どういう意味だ?」

「明るくてどこも欠けていないように見えるけど、本当は
どっかが欠けてる。そんなもんなんだなって」

「……」

「人の相談に乗るなら。眩しさにごまかされないで、自分
と相手の欠けてるとこを見通せないと出来ないなって。だ
から俺は、女の子の相談系は絶対にお断りっす」






今野さんとの飲みから一週間後。
突然辞表を出した今野さんは、社から消えた。
俺は、またしくじっちまったとがっくり来てる。

俺は……なんで今野さんの欠けてるところが見えなかった
んだろう。
今野さんのしていた後輩の話は、たとえだ。
あれは……今野さん自身がやらかしたことなんだろう。

「二度と人のお悩み相談なんかに関わるもんか! 知らな
いうちにカウンセラーさせられるなんざまっぴらだ!」





Mistakes by Lake Street Dive


《 ぽ ち 》
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