$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




第三部 第二話 面談


(9)



ふっと視線を動かしたトミーが、小林さんに目をやった。

「ところで」

「はい?」

「そっちの女の子は? ずっと待たせちゃってるけど」

「ああ、彼女ね……」

ふうっ。

「うちもねー、高崎さんにネタを提供出来るような家族構成
になったもので」

「あらー」

「今日は、子供二人を保育施設に預けてきましたけど、この
先共働きをこなすには、ここの留守番役がどうしても要るん
ですわ」

「あ、そうか。中村さんが調査に出ると、ここが無人に」

「ええ。一人探偵の時には、一つの案件が片付くまでは他の
案件を入れなかったんですが、これからはもうちょい請けら
れる依頼の数を増やさないとならない。さっきの高崎さんの
話と同じで、私も年齢相応の業務体系に変えて行かないと商
売にならないんです」

「なるほどなあ」

「まあ、そんなんで事務所の電話番をやってもらおうと思っ
てるんですが」

「なにか?」

「やる気がないんですよ。最初から。見ての通りで」

「ひえー」

置き物と化していた小林さんをじっくり観察していたトミー
が、ぼそっと漏らした。

「もったいない」

「そう、本当にもったいない。まだ若いのに、そのエネル
ギーを二年以上家の中ですっかり腐らせて」

「え? じゃあ……」

「引きこもりですよ。もちろん、事情はありますけどね」

「事情、ですか」

「そう。彼女は、犯罪被害者なんです」

「あ……」

トミーが、きゅっと身を縮めた。
トミーの場合は逆だ。加害側だったからね。
幸い不起訴になったとはいえ、あの時のことは思い出したく
もないだろう。

「彼女に落ち度があったわけじゃないから、本当に気の毒。
かわいそうです。でもね」

「ええ」

「だからと言って、それで全てが免責されるわけじゃないん
です」

俺は、ぐいっと体を起こしてトミーと正対した。

「あの時。麻矢さんと一緒にあなたに面会にいく前。私は全
力で麻矢さんをどやしたんですよ。加害者のくせに、被害者
面してるってね」

「う……わ」

「あなたが麻矢さんに敵意を募らせるようになったきっかけ
は、麻矢さんのコミュニケーション拒否。つまり、最初に加
害したのはあなたではなく、麻矢さんの方なんです。でも、
自分しか見えていなかった麻矢さんには、加害意識がまるっ
きりなかった」

「うん。確かに……わたしはそう感じてたなー」

「でしょ? 自分だけ見てるとそうなっちゃうんです。周り
の人の気遣いや心配を湯水のように消費し、さもそれが当然
のように振る舞う。傲慢この上ない」

「うん」

「だから、純粋な被害者なのに誰にも同情してもらえない。
麻矢さんの案件の関係者会議の時には、麻矢さんを吊るし上
げた私を咎める人は誰もいなかったんです。ご両親やご親族
を含めて、誰も、ね」

「ひええ」

「どうしてもね、自分だけに落ちてしまう意識を、どこかで
外に向ける必要があるんですよ」

「そっか。確かに。わたしもあの時はそうだったからなあ」

トミーは、険しい表情で大きな吐息を吐き出した。

「はああ。なんでわたしだけ? わたしだけうまく行かない
の? 誰も理解してくれないの? わたしをのけものにする
の? わたしを放り出すの? 世の中全ての理不尽が、自分
だけに落っこってくる。そんな感じ」

「ええ」

「だからマーヤが謝ってくれたことで、わたしはすごく楽に
なったの。ああ、そうか。全部が全部、自分のせいってわけ
じゃなかったんだなーって」

でも。それでもトミーは表情を緩めなかった。

「だけどその後ね、わたしは自分がしでかしたことの重大さ
を突きつけられることになった。そこで初めて、目が本当に
外を向いたの」

「何かあったんですか?」

「……。タケシが……自殺しました」

「!!」

「出版社から干されたわたしを支えてくれた唯一の理解者。
わたしの理不尽なリクエストをあえて飲んでくれた共犯者。
なのに、わたしは彼を放り出した。その好意を……きちんと
受け入れることが出来なかった」

「そう……ですか」

「わたしは、彼の分も生きなければならないんです。その罪
は……ずっと背負っていかないとならない。だから、わたし
は」

俯いたトミーが、ぽたりと涙を落とした。

「もう……自分に閉じこもることができないんですよ。そう
なったらもう終わり。彼には……何もしてあげられなくなる
から」

うん。そうか……。

「わたしは、後悔を積み重ねるんじゃなく、自分を駆動する
ことで、元気な自分を見せ続けることで彼に償いたい。ん
で、今はそう出来てるかなあと思ってます」

トミーは拳で目を擦り、それから小林さんに話しかけた。

「黙ってても何かしてても、三分はあっという間に過ぎる
の。それなら、三分の間に自分のしたいことを探した方がい
いよ。その三分の積み重ねが、どんどん自分になっていくか
ら」


           −=*=−


トミーは、また来まーすと笑顔で手を振りながら事務所を後
にした。

共犯者の自死で、再び心に傷を負ってしまったトミー。
トミーが過去をまだ清算しきれていないことは、あの涙が物
語っている。
でも、トミーは前向きだ。自分自身を駆動することでしか傷
を癒せないことが、よーく分かってるんだ。
だから、俺はすごく安心して見ていられた。

それは……今の小林さんとは正反対なんだよな。

思いがけないトミーとの再会があって。
探偵冥利に尽きるなあという満足感があった反面、小林さん
のぐずぐずに腐った精神に対する危惧が、より一層強まって
しまった。

俺とトミーとの会話を聞いてくれていたなら、そこから何か
拾ってもらえるかと思って、あえて雑談まで含めて話を引っ
張ったんだけどね。
ノーリアクション。こらあ……しんどいわ。

ただ、もともとアクティブなトミーと、もともとひっきー体
質の小林さんを直接比べることには無理がある。
それには配慮しないとならんだろう。

うーん、どうやって口をこじ開けるかだなあ……。