《ショートショート 0896》


『諸手を挙げて』 (でぃすたんす 1)


「うーん、どうしたもんかなあ」

さすがに、諸手を挙げて賛成というわけには行かない。
かと言って、頭ごなしにどやすのも大人げない。

私は、テーブルの上にひらりと残された一葉の写真を見下ろ
しながら、ずっと苦悶していた。

「うーん……」



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(ハクサンボクの蕾)



まあ、世間的にはよくある話なんだろう。

年頃になった娘が、結婚したいと彼氏を家に連れてきた。
娘の口から付き合っている男がいると聞かされていれば、そ
れがどんな男かはあらかじめ分かるし、私も家内も心の準備
が出来たんだ。

しかし、娘のやり口はいきなりの不意打ち。
怒るとかどうとか以前に、あっけにとられて開いた口が塞が
らなかったというのが事実だ。

それでも、彼氏がものすごくしっかりしていて、まあこいつ
なら娘を任せても大丈夫だと思えればよかったんだが……。
これがまた、見るからに頼りない男だった。

親への挨拶というには服装がだらしないし、とにかく無口な
上に自分自身のことをほとんどしゃべらない。
そいつがどんなやつか探り出そうと思っていろいろ話題を
振っても、はいといいえ以外の言葉が出てこない。
あまりにコミュニケーション能力に問題があるように見えた。

しかも、大学は卒業しているものの就活に失敗してまだ無
職。
職を決めて働き始めている娘の稼ぎに、一時的にでもぶら下
がることになる。
そういう自分の状況、そしてはっきりしない将来展望をどう
するつもりなのか、そいつの口からは何も出て来なかったん
だよ。

ただ……娘は未成年ではない。
まだ駆け出しとはいえ、もう経済的に自立している社会人。
住まいも別々になっている。
娘が生涯を共にすると決めた相手を、いくら親だとはいえ悪
し様には言えない。

「うーん……」

「どうしたの?」

家内が、腕組みしたままの私を見ていじりに来た。

「いや、佳乃子の相手、さ」

「ああ、あれのどこがいいんだか」

家内の論評には容赦がなかった。

「反対か?」

「もちろんよ。でも佳乃子がそれでいいんなら、好きにした
らいいんじゃない?」

「へえー、乾いてんな」

「何言ってんの。あんただってそうだったじゃない」

「……」

ああ、そうか。それで……か。

私は、手にしていた写真を裏返ししてテーブルに置き、力一
杯苦笑いした。


           −=*=−


若い頃の私は。
安月給で貯金なんて一銭もなく、それなのに遊びごとには惜
しげ無くなけなしのカネをつぎ込んで、好きなように遊びま
わっていたんだ。

私が家内との結婚を決めて、家内の親のところに挨拶に行っ
た時、こっぴどくこき下ろされたんだよな。
こんなだらしないやつのどこがいいんだってね。

家内はそれに対して平然と言い返したんだ。
わたしが好きなんだからそれでいいでしょ、それ以外に何が
あるのって。
私は嬉しいやら情けないやらで、伏せていた顔を上げられな
かった。

それでも。
案ずるより産むが易しで、どたばたしながらも二人三脚でこ
こまでやってこれた。
最初は私をこき下ろしていた義両親にも認めてもらえるよう
になって。世の中なんとかなるもんだなあと、妙に感動した
ものだ。

自分がだらしなかったから、娘の相手には自分よりもっとま
ともなやつを……そういう願望がどこかにあったのかもしれ
ない。

「しょうがないか……」

「まあ、少しは苦労することね。いつまでもわたしたちが世
間知らずの尻拭いをしてたんじゃ、先々思いやられる」

「まあな」

先ほど私が伏せた写真を手に取った家内が、それを無造作に
ぴっぴっとちぎり捨てた。

「え?」

「親は反対するのが仕事よ。娘の決定を尊重? バカ言わな
いでよ。全力で反対するわ。それを押し切るガッツがないと
長丁場は保たない。賛成だから勝手にしろじゃない。反対だ
から勝手にしろ、よ」

ううむ、さすがだ。
肝の据わり方のレベルが、私とは全く違う。

家内がにやっと笑って、万歳のポーズをとった。



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「最終的に、ああよござんしたに出来ればいいけどね。最初
から諸手を挙げて賛成なんて、絶対に出来ない」

「だよな」

「もうお手上げーってわたしたちに後始末が放り出された
ら、たまったもんじゃないからね」






Raise Your Hand by Tess Wiley