《ショートショート 0882》


『霜で飾る』 (ふろすてぃ 2)


「セレス王女、本当によいのですな?」

「はい。お願いいたします」

王女の決意は、すでに誰にもくつがえせなくなっていたのだ
ろう。
私は、言葉の代わりに深い溜息を敷き詰めるしかなかった。


           −=*=−


私の商売は魔術師(ウィザード)だ。白でも黒でもない。
私がそれをすることが必要だと認め、相応の報酬をもらえる
のならば、ビジネスとしてそれを請ける。

私が魔術を使ったことで、誰かがそれを『白』というのなら
白、『黒』というのなら黒なのだろう。
それは私が決めることではないし、理(ことわり)をいじる
私のような輩(やから)は端(はな)からまともに位置付け
られることはない。

恐れられ、忌避されるのが当たり前であり、異端視を許容出
来ることこそが魔術師としての資質。
そこにつまらない私情を垂れ流すようでは、魔術を扱う資格
がない。

だが。
魔術を施すかどうかを決める部分は、必ずしも報酬に連動し
ない。私は、カネと魔術を等価に考える無粋な発想が大嫌い
なのだ。

巷(ちまた)では『気まぐれ』という評価らしいが、私は気
まぐれではない。
依頼を請けるかどうかの基準が、第三者にはよく見えないこ
と。それが気まぐれという外部評価の起源になっていて。
気まぐれではないことを説明するのが面倒なので、私が黙っ
ているというだけだ。

私の原則は、依頼者が誰であっても等しく適用される。
依頼を請けるかどうかは、依頼者の請願がまっこと妥当であ
ると『私』が判断し、施術に見合った報酬が受けられるとい
う二つの関門をパス出来るかどうかで決まる。

そしてセレス王女から持ち込まれた依頼は、不幸にしてその
二つの関門を楽々クリアしていたのだ。



sm3



王国には、まだ幼少の王子の他に成人した王女が二人いた。
セレスの姉メレディスは、他国の王子との政略結婚を厭って
近衛兵の一人と駆け落ちを企て、それが露見して王に処刑さ
れていた。
妹のセレスは、その一部始終を最も近くで見ていたことにな
る。

姉の悲劇を目の当たりにしたセレスが世の無常を達観し、政
略の駒としての扱いを甘んじて受け入れたのなら、それはそ
れ。
だがセレスも姉と同じで、自らが意思のない人形のように扱
われることは決して望んでいなかった。

メレディスの乱心を重く見た王は、セレスの政略結婚を急が
せた。
セレスの意思など何一つ尊重されることなく、何もかも凍て
返る真冬に突如隣国の王子との結婚式が催されることになっ
たのだ。

隣国の王子は、王子とは名ばかりの中年の醜男で、しかもす
でに大勢の妾を抱えていた。
セレスの嘆きと絶望は、思い計るまでもない。

メレディスの轍を踏みたくない王は、セレスを王宮の一室に
幽閉し、その一挙一動を監視していた。
セレスは王宮から逃れるどころか、自ら死を選ぶことすら出
来なくなっていたのだ。

セレスが唯一確保していた外部とのつながりは、幼少の頃か
ら身の回りの世話をしていたレナという侍女で、その侍女か
らさらに第三者を介して迂回される形で、私に依頼が持ち込
まれたのである。

依頼は、本人から直接のもの以外は請けない。私が掲げてい
る原則を満たすために、幽閉されている王女と身代わりの木
偶(でく)をごく短時間だけ入れ替えた。

セレスの依頼は、いたってシンプルなものだった。

『王宮を出る時に、わたしを霜で飾って欲しい』

当たり前だが、霜で飾ることはすなわち凍死を意味する。
すぐに死を選べないのであれば、合法的にそう出来る機会を
作るしかない。
セレスの決意は固かった。

報酬は、出立時に王女が身につける衣装の装身具全て。
金額としては十分に過ぎる。

私は、依頼を請けざるを得なかった。

「分かりました。お引き受けいたしましょう」

セレスが、寂しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」



sm4



結婚式に臨むため、王女が国を発つ日。
セレスがまとった華やかな衣装は、結婚を祝う大勢の国民の
注目を集めた。

大勢の侍女と近衛兵に囲まれて宮殿を出たセレスは、つと足
を止めて空を見上げた。
雲一つない蒼天。だが、無慈悲な冷気がぴりぴりと頬を刺
し、祝賀ムードとは裏腹に宮殿の周囲は霜で厚く覆われてい
た。

天からの救いの手を取ろうとするかのように、王女がすうっ
と右手を真上に差し上げた。

私は、その合図を受けて魔術を発動させた。

ぴしっ!

王女が身につけていたきらびやかな装身具が一瞬で消え去り、
純白のドレスだけになった。

みしっ。ぱりっ。ぎししっ!

右手を高く差し上げたままの姿で、みるみるうちに王女が白
く凍りついていく。
青白色に変わり果てた王女の身体は、無数の霜で飾られてき
らきらと美しく輝いた。

何が起こったかわからずにうろたえていた王と王妃の前で、
氷柱と化した王女がゆっくりと傾き始めた。

慌てて近衛兵が支えようとしたが……。
王女の身体は、石段と石畳の上で霜を撒き散らしながら千々
に砕け、四方(よも)に散った。

かしゃああん……。

これで、王女との契約は満了。
あとは私のサービスだ。

辺りが騒然とする中、私は術を使って王の前に出た。

「誰だ、お前は! 無礼な!」

「私は魔術師のゾディアスと申す者。セレス王女より自らを
霜で飾るようにとの依頼を頂戴しましたゆえ、こたびそれを
果たさせていただきました」

「ぬ! こやつを捕えよ!」

「はっはっは!」

私は、高く宙に舞った。

「王。己の子女にすらまともに命を下せぬ者が、私に指図で
きると思うてか。笑止!」

「くっ!」

「霜は暖かいものには着きませぬ。それを、よく考えられま
せい」

「生意気な!」

射手が弓に矢をつがえたので、すかさずそれを蛇に変える。

「うわ」

「ひいっ!」

「私は気まぐれな魔術師。私が気に入れば、どんな不可解な
依頼であっても請けまする。それがたとえ、この国を滅ぼせ
という依頼であっても」

「……」

「よく。考えられませい!」

がっくりと膝を折った王をその場に残し。
私はさっさと屋敷に戻った。


           −=*=−


「セレスどの」

「はい」

「これより先は、霜の降りぬ国に住まわれますよう」

旅支度を済ませたセレスが、頬を染めてはにかんだ。

「ぜひ、そのようにいたしとうございます」

「はっはっはっ! どうか健やかにお過ごしくだされ」

「何から何まで、お心遣いありがとうございます」

「いやいや。道中お気をつけて」

「はい!」

揃って深々頭を下げたセレスとレナは、それぞれ白馬にまた
がると背筋を伸ばして振り返った。

「本当にお世話になりました。これにて失礼いたします」

「うむ」

王女の衣装に付いていた宝飾品だけで、路銀は十分に足りる
だろう。護身のために、こっそりテオも伴わせたしな。

遠ざかっていく二人の背を見送りながら、その向こう、冴え
を和らげた冬空の彼方を見晴るかす。
そして。出立(しゅったつ)が霜の降りぬ穏やかな日でよ
かったと思いながら、小さな欠伸と戯言を傍(かたわら)に
放り捨てた。

「木偶と娘の区別もつかぬような親なぞ、論外じゃ」









幾度めかの3.11。

自然が人間だけを特別扱いすることはありません。
それならば、せめて我々くらいは同族を慈しみの気持ちで受
け入れたい。

まだ故郷に帰れない方、復興途上の地で苦闘されている方が
大勢おられます。
その背に労わりの言葉はかけても、決して侮蔑の言葉を投げ
つけることのないようにしたいものです。





Norwegian Wood by Patricia Barber