$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle




 昔々4   第二話 左馬という女


(1)



光岡さんが来所した翌日。
午前九時に光岡さんから電話があって、当日の休暇申請は認
められないとチーフにダメ出しされた旨の返事が来た。

「ええと。そのチーフっていうのが、光岡さんの直属の上
司ってことになるんですね?」

「そうです。左馬(さま)チーフです」

「ふうん。女性?」

「はい」

「年配の人?」

「いいえ、あらさーです」

「なるほど。その人の上は?」

「社長になっちゃいます」

「げ! じゃあ、主任とかそういうレベルじゃないんだ」

「はい。普通の企業なら、営業部長ってことになります」

「うげえ。そらあ……難しい人?」

「いいえ、からっとした元気な人です」

「ふうん。でも、ダメなものはダメってか」

「はっきりしてます」

「チーフと光岡さんの間に入る管理職の人はいないの?」

「いません、うちはフラット制なので。グループリーダーは
チーフから指名されますけど、グループリーダーにはわたし
たちへの指揮権はないんです」

「本当にフラットなんだ」

「はい」

「その左馬さんていう人には面会出来る?」

「……」

「いや、光岡さんから申請してもらう必要はないの。私が直
撃するから」

「え!?」

「今回の件。チームを組んで事に当たらないとならないの」

「はい」

「そのチームの中には、あなたが所属する社の上司がどうし
ても必要なんです」

「う……」

「役割を担えない狭量な人なら、最初からそいつを外して作
戦を調整(モディファイ)しないとならない。時間がないん
だ」

俺が昨日、覚悟して臨むと言ったことを思い出したんだろう。
光岡さんが、きっぱりと言った。

「分かりました。そこはお任せします」

「左馬チーフのスケジュールだけ確認したい。チーフは今日
一日社におられる?」

「ええと……」

スケジュールボードを確認に行ったんだろう。
はあはあと息を弾ませて戻ってきた気配があった。

「午後は商談で外に出ちゃいます」

「午前中はおられるわけね?」

「はい」

「私から、直接左馬さんに連絡を取ります。光岡さんは一切
ノータッチでお願いいたしますね」

「分かりました」

ぴ。

さて。出るか。


           −=*=−


光岡さんの勤めている社に到着するまでの間に、左馬という
上司を攻略する作戦を立てておく。

リトルバーズは大会社じゃないけど、小人数の会社でもない。
年商も社員数も 決して少なくはない。
その営業で、あらさーで部長だとさ。間違いなく大抜擢だろ
う。とんでもなく切れ者だということは分かる。

でも、部長のポジションに居ながら席を温めない。
明るく、からっとしていて、エネルギッシュ。
それでいて、部下の急な休暇申請の背景を見ない。
筋論者でプライドが高いんだろう。

あんた、給料もらってるくせに何ばかなことほざいてるの。
そう言って、ばっさり却下したと見た。

切り込むなら、そこからだな。

俺がリトルバーズの社屋近くの駅に到着したのは、午前九時
半。
俺の事務所からはそれほど離れていない。三十分圏内だ。

そして、昨日光岡さんから電話があったのは午後七時。
電話でのやり取りから三十分でここへ到着している。
六時の退社時間からこちらに向かうまでの間に、すでに一時
間のラグがあるんだ。

つまり会社を出た時点で、光岡さんにすでに暗示の効果が出
てしまっている。
まだ辛うじて理不尽な暗示に抵抗する気持ちが残っていたか
ら、ショッピングモールから駅にユーターンした。
昨日はそれで辛くも難を逃れたんだ。

でも結局俺の事務所近くに到着した時には、暗示の影響が爆
裂してしまっていた。
あの時点で誰かにナンパされていたら……。
悲惨なことになっていただろう。

暗示への抵抗は、俺が出した飲み物に手を付けなかったこと
でも分かる。
カフェはすでに黒幕の巣の中だ。そこでは最早何にも抗うこ
とが出来ない。注文もしていないのに出される薬を飲まされ
ることで、暗示は一層強固になる。

だが、一味のいない俺の事務所ではいつも強制させられてい
る行為を拒絶出来る。
そこだけが……辛うじて光岡さんが確保出来ている自我だっ
たんだ。

夜のスイッチが入るとロボットになるという危機。
光岡さんは、もう自力でそれを回避出来そうにない。
昨日で本当にぎりぎりだったんだろう。

それならば昨日の接点を反攻のきっかけにしないと、俺が噛
む意味はない。

ぷうっと頬を膨らまし、背広のポケットに放り込んだ名刺入
れを確かめる。

「さあて。いっちょ、ぶちかますかあ!」