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(3)


わたしたちは。
ずっと押し黙ったまま、ひたすらロウソクの炎を見つめてい
た。

まるでその灯りが拷問道具であるかのように、みどねえが突
然口を割って、重たい告白を始めた。

「十年経てば少しは自分がマシになるかと思ったけど。ちっ
とも変わんないね」

「どういう意味?」

さほねえが、こそっと問い返す。

「ママにはすっごく良くしてもらったけどさ。でもあたし
は……ママみたいな生き方はしたくなかったんだ」

「……」

「愛されたい。でも、ママみたいに自分を切り売りしたくは
ない。最後までオトコに媚びて、ぼろっきれのように捨てら
れたくない」

「うん」

「あたしは……あたしは、ママとは違う。絶対に、まともな
家庭を築くんだ。そう思ってたんだけどさ」

「……」

「結局、バツだよ。息子どもも、あまりうまく躾けられた感
じじゃないしさ。明央も拓也も軽薄で、全然思い遣りがなく
てね」

意気消沈したみどねえが、ゆっくりと首を横に揺らした。

「世の中……うまく行かないもんだね」

みどねえにそう言われちゃうと、わたしたちは何と答えてい
いのか分からない。
だってみどねえの生き方が、三人の中では一番地に足が着い
ているんだもん。

しばらく俯いていたみどねえは、ゆっくり顔を上げると、さ
ほねえをぎしりと問い詰めた。

「ねえ、さほり。あんたさ、まだあいつと続いてんの?」

「……」

さほねえの生き方は、家を飛び出した中学の頃からまるっき
り変わってない。
転がり込む先は、最初は女友だちやみどねえのとこだったけ
ど、それがいつの間にかオトコのところに変わった。

それも既婚者のセカンドワイフ。いわゆるお妾さんだ。
不倫そのものじゃん。
わたしは、みどねえからその事実を聞かされた時に、ものす
ごくがっかりしたことを覚えてる。
ママにあれだけ反発しといて、結局それかよ……みたいな。

さほねえは。しばらくの間じっと黙り込んだ。
それから自分のこさえた沈黙に耐えかねるように、溜息混じ
りに返事した。

「別れたわ」

「へえー」

「てか、わたしは捨てられたの。もうあらふぉのババアは要
らないってさ」

「それで。あんたは次、探すん?」

「もう、いい」

ほ? マジなん? びっくりする。

さほねえは、口では母のことをぼろっくそにこき下ろすくせ
に、自分の生き方は母以上にずたぼろだった。
結局、今までずっと誰かのパラサイトとして生きてる。
わたしは、さほねえのしょうもないビョーキは死ぬまで変わ
らないと思ってたんだ。

「わたしがぴよぴよのガキなら、まだみどねえに頼れるかも
しれないけどさ。さすがに……もう無理だよ」

自分をゴミ箱に放り捨てるような、乾いた口調。

そりゃそうだよ。
反発する相手は……母はすでにこの世にいないんだもん。
反発を言い訳にする生き方は、十年前にもう出来なくなって
たんだ。
それが分かっていながら、さほねえは惰性でつまんない生き
方を続けた。今、そのしっぺ返しが来てるんだろう。

自分は若くない。
オンナとしての引力を使って誰かに養ってもらうのは、これ
からはもう無理だって。

さっきさほねえと突っ込みあってた時のセリフ。
年取っちゃったなーって。
あれは冗談なんかじゃなくて、さほねえの本心だったってこ
と。

でも。
だからどうするの部分は、さほねえの口から一つも出てこな
かった。
そして、それをさほねえにきっちりねじ込む気力は……わた
しにはなかった。

「まゆり。あんたはずっと独りかい」

予想はしてたけど。絶対に突っ込んで欲しくないところに、
みどねえの容赦ない一撃が来た。

「今までは、ね」

「ふうん?」

「わたしは父が大っ嫌い。だから、オトコが誰も彼もあんな
風に見えるの。表面をどう優しそうに繕っててもね」

「……」

「アプローチがあっても相手にしなかったし、自分から打っ
て出たことは一回もない。うっとうしい」

「それでいいの?」

思いがけず、さほねえの追撃が来た。むかっと来る。
身持ち最悪のあんたに、そんなこと言われたくないね!
でも、わたしはその反発の言葉をぐっと飲み込んだ。

「わたしは……ママみたいに、くだらないオトコに振り回さ
れたくないの。でも」

ふうっ。
わたしの漏らした吐息で、目の前の炎がゆらっと揺れた。

「今のままじゃ、カレシがどうのこうの以前に、どこにいて
もわたしはぼっちよ。誰に対しても、あんたなんか信用出来
るかってかっちかちにガード固めちゃってるから」

「はっはー。分かってんじゃん」

みどねえが、ストレートにわたしをどやした。

「さっきさほりが言ったみたいにさ。あたしは、いつまでも
あんたらのケツを拭けないよ。自分のことは自分でちゃんと
やんなさいな」

「そうだね」

みどねえは、さほねえやわたしが経験してない多くの時間を
過ごしてる。ちゃんと結婚し、子供を産んで育て、ぎっちり
働いて家族の生活を支えてる。

自分のことですらまともに出来てないわたしもさほねえも、
その経験だけはみどねえと共有出来ない。
みどねえの言い分には、何の反論も反発も出来ないんだ。

でも、みどねえはわたしたちに向かって、あんた方は世間知
らずのガキだとは絶対に言わない。
自分の人生なんだから、誰のせいにもしないで自分で責任を
取んなさい。それだけしか言わない。

「ふうっ!」

みどねえの漏らした大きな溜息。
それがロウソクの炎を大きく揺らした。
いや炎が揺れただけじゃなくて、炎が……消えた。

仏間は真っ暗になり、わたしたちの誰もが闇に埋め込まれた。

「よいしょっと」

少しして。みどねえがゆさっと立ち上がる気配がして、ぱっ
と電灯が点いた。

そのわずか十数秒の間に。
わたしも姉たちも涙を流していた。

何が悲しいのか……よく分からなかったけど。

でも、母を失ってからの十年。
それが三人の誰にとっても、結局失われた十年になってし
まったってこと。それが辛かったんじゃないかなって。

……ふと思った。




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(フユイチゴ)





If You Love Me by Maura O'Connell