《ショートショート 0849》


『占いの行方』 (らいぶらりあん 5)


「どうしようかなあ……」

開いたノートの上は真っ白。
そして、わたしの頭の中も真っ白。
もちろん、わたしの未来もまだ真っ白けだった。

こう、なんつーかさ。
もわっとでいいからイメージが湧いてくれれば、そこに向
かって舵を切れるんだけどなー。
いくら考えても真っ白けのままじゃ、手も足も出ない。

「うーん……」

わたしがもんもんと考え込んでいる間に、いつの間にか閉室
の時間になっちゃったらしい。
貸し出しカウンターの向こうにいた岡崎先生がひょこっと出
てきて、閲覧コーナーの真ん中で大声を出した。

「そろそろ閉室ですー。残っている生徒さんは、速やかに退
室してください。忘れ物しないようにねー!」

ちぇ。これじゃ全然見通しが立たないよ。どうしよ。
わたしは真っ白けのノートをぱたんと畳んで、でっかい溜息
をついた。

「はああああっ」

「あら、どうしたの?」

あ、聞かれちゃったかな。

「いえ……ちょっとね」

「恋の悩み?」

いたずらっぽく、岡崎先生がウインクする。あはは……。

「違います」

「あら。てっきり、そっち系の作戦考えてるんだと」

「それならまだ楽なんですよねー。ターゲット決まってるか
ら」

「あ。もしかして、進路?」

「はい」

「うーん、そっかあ」



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(マツバボタン)



「岡崎先生は、いつから図書の先生になろうと思ったんです
かー?」

わたしの直球の突っ込みに、岡崎先生から苦笑混じりの返事
が戻ってきた。

「あはは。学校司書は先生じゃないよー。職員。事務のお姉
さんなんかと同じなの。図書室の蔵書の整理、管理、貸し出
し事務、本の購入計画の策定。そんなのをやんなさいってい
うことね。教えるってのが入ってないから、先生はないなー」

「そっかー」

「あなた、3Eの田丸さんでしょ?」

「わ! なんで知ってるんですかー?」

「うちの校内で、タマちゃんを知らない人はいないでしょ」

ううう。そうなんだよなー。
わたしは趣味で占いをやってる。あくまでも趣味だから、当
たっても当たらなくても結果に責任は取れないの。
でも、わたしのはよく当たるって、みんな押しかけてくる。

それはいいんだ。わたしも楽しいから。でも……。

「みんなを占ったのは当たるのに、わたしのは……ねえ」

「あら。自分のを占っちゃいけないって決まりがあるの?」

「ないですー。でも占いっていうのは、半分は読心術なんで
すよー」

「あ! なあるほど」

岡崎先生が、大きく頷いた。

「カードが表してるのは、ただの示唆なんです。それをどう
活かすかは、その人が何を探してるか、何が足りないかが分
からないと……」

「うーん。そっか。それはタマちゃんが占ってる人を見てい
れば分かってくるわけね」

「そうです。恋の悩みにしても、そうでない悩みにしても、
自分がどうしたいか、どこが足りないと思ってるかっていう
のはだいたい見えますよね?」

「確かにそうね」

「そこがねー。自分自身のとこだけ真っ白けなんですよー」

「うん。一生のことだから、占いで決めるってわけには行か
ないものね」

「もちろんですー。わたしのはしょせんお遊びですからー」

はふ。もう受験本番まで三ヶ月切ってるのに、この有様じゃ
なあ。全然気合い入らない。どうしよ?

わたしと同じかっこで考え込んでた岡崎先生が、顔を伏せて
ふうっと溜息をついた。

「まあ、職だけでなくて、未来の形もいろいろあるわ。結果
としてそのどれかを選ぶことになる。わたしの場合は、そん
な感じだったかなー」

「えー? どういうことですかー?」

「わたしはどうしてもやりたいこと、勉強したいことがあっ
て大学に進んだわけじゃないの。大学なら、少し自分の好き
なことが出来るかなーって。モラトリアムに近いかな」

「ふうん……」

「大学に入ってしばらくしてからカレシが出来て。大学出て
すぐに普通の会社員やるより、資格取って専門的なことした
いなと思ったの」

「へー。カレシさんの影響ですかー?」

「いいえ」

岡崎先生は、すっごく辛そうな顔をした。

「その時に。もう、どこかで破綻の予感がしてたのかもしれ
ないね。この人に自分の人生を預けたら、いつか共倒れにな
るかもって」

げ……。

「司書の資格を取って就職を決めたのは、どうしても彼から
自立しておきたかったから。そして……本当に自立しちゃっ
た」

バツったってことかあ。
うちの学校は、若い独女を職員として採用しないはず。
勤め始めてすぐバツじゃ、きつそうだなあ……。

「それでもね。わたしは司書っていう仕事が好きなの。わた
しにはそれが財産として残ったって考えてる。でもしかじゃ
ないの」

「分かりますー」

「わたしのじゃ参考にならないと思うけど、まあこんなのも
ありってことで」

「あはは」

リアクションに困るわー。じゃあ……。

「先生、恋占いしましょうか?」

「……」

先生には、まだしんどい時期が続いているんだろう。
断られるかなーと思った。でも……。

「お願いするかな。時間が時間だから、すぐ答えが出るやつ
でね」

お! 乗ったか。
わたしは、カバンから商売道具のタロットカードを出して、
それをシャッフルし、机の上に扇形に広げた。

「一枚取って、自分の前で開いてください」

先生の手が躊躇なく動いて、カードが引き抜かれた。

「恋人たち。正位置か……」

先生は、それを新しい恋の予感と受け止めたんだろう。
表情が和らいだ。
でも、わたしの見立ては違う。

「先生」

「はい?」

「これね、先生の今、なんですよ」

「……」

「先生が何かを決めて、決断したってこと。その事実を示し
てるだけ。未来のカードじゃないんです」

「あ……」

「ただね。それは必要な選択であり、正しい選択。正位置っ
ていうのは、そういう意味なんです」

「うん」

「自分の選択を疑わないでくださいね。先生が決めたこと
は、それでいいと思います。わたしには……それしか言えま
せん」

先生は。それまで辛いのをずっと堪えていたんだろう。わた
しの前で臆面もなく泣き出した。ふう……。

「そ……うね」

少しして。気持ちが落ち着いたのかな。
ハンカチで涙を拭った先生が、顔を上げてぎごちない笑顔を
見せた。

「ねえ、タマちゃん」

「はい?」

「あなた……臨床心理士とか、目指してみたら?」

お!

「それって?」

「とても人の心を読むのがうまいわ。そして、あなたなら、
今どうかってことだけじゃなくて、その先のことにも示唆を
出せるでしょ。心を支える仕事よ」

心を支える……かあ。うん、なんかいいかも。

「ありがとうございます。ちょっと、どんな仕事か調べてみ
ますね」

「がんばってね。人の心を支えるっていうのは、心を読み取
るだけじゃできないの。それを清濁併せて受け入れないとな
らないし、今みたいに厳しいことも言わないとならない。あ
なたなら……きっと出来ると思うわ」



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(ハナキリン)



図書室を出て、一度教室に戻る。

ぱち。手探りで壁のスイッチを押した。
真っ暗だった教室が、ぱっと明るくなった。
カバンから、さっきのカードを出して確かめる。

「……」

さっき岡崎先生を占った時、先生はカードを二枚引いてたん
だ。恋人たちのカードの下にもう一枚重なってた。

それはカップのエースの正位置。
二枚目は未来を示唆するカードだから、王道の恋の予感だ。
きっと……先生には近々素晴らしい出会いがあると思う。

でも、わたしはそれを先生に言わないことにする。

占いは、あくまでも占いに過ぎないんだ。
自分で運命を選んで、その結果をきちんと受け止めないと、
生き方をねじ曲げてしまうから。

わたしが余計なことを言わなくても、先生はきちんと自分の
生き方を探り当てるだろう。
それが、わたしの占いの行方。当たっても、当たらなくても
ね。

「ようし! わたしもいっちょがんばりますかあ!」

「こら!」

う。見回りの先生に見つかっちゃった。

「あ、馬場先生」

「遅くまで教室に残って、何やってたの?」

「ううー。進路で悩んでましたー」

「あら。この時期に?」

ビーバーも、結構突っ込みが厳しいのう。
でも、先生はにっこり笑顔だった。

「そうよね。いい加減に決めたくはないよね?」

「はい!」

「がんばってね。さあ、もう帰りなさい。真っ暗よ」

「はあい」

慌てて、ばたばたと廊下に駆け出した。
そうなんだよね。ビーバーにも、すっごくいいカードが出て
たんだ。それは言わないけどさ。

今、婚活に前向きになってるビーバー。
努力はきっと報われると思う。だから、諦めないでがんばっ
てほしいな。





またあした by 【F9】