《ショートショート 0848》


『雨の帳』 (らいぶらりあん 4)


図書室の窓際の席にストレートヘアのかわいい子がいて、物
憂げにコクトーの詩集か何かを読んでる。
そんな絵に描いたようなシチュエーションはあまりに陳腐
で、出来の悪いマンガやティーン向け小説でも使われなく
なってるんだろう。

美少女の代わりに図書室の窓際の席に座った俺は、土砂降り
の雨をぼんやり見つめていた。

俺の好きな子は図書室によくやってくるはずだったんだけ
ど、入手した情報がちょっとばかり古かったみたいだ。

文化祭前、新聞部特別号発刊に向けた記事起こし。
彼女は下調べのためにずっと図書室に通い詰めていて、たく
さんの資料を積み上げ、内容を書き写していた。

俺に情報をタレ込んだミレイは、その姿を見て勘違いしたん
だろう。彼女が本好きで、図書室の常連だとね。
真に受けた俺が何度図書室に足を運んでも、これまで彼女の
姿を見かけたことは一度もなかった。

それで……脈がないって諦めりゃいいんだけどさ。

一度でいい。
ここで彼女と会えるなら、他の場所では出来ないことが……
告白が出来るのかなあと。そう思っちまった。

ああ、そんなのは窓辺の美少女以上にありえない、出来の悪
い思い込みだよ。分かってる。分かってるよ。

「ふう……」



am1



ひさしから流れ落ちる激しい雨水が、向こう側の景色を不規
則に遮っている。
テーブルに肘をついた俺は、そこに何が見えて、何が見えな
くなったのかを確かめようとして、雨筋をじっと見つめる。

きっと俺は……彼女のイメージを勝手に作り上げているんだ
ろう。雨の向こう側の景色を勝手に思い描くみたいに。

彼女はおとなしいわけでも、引っ込み思案でも、優雅なわけ
でもない。がちゃがちゃなミレイとそんなに変わらない、今
時の女子高生さ。
アイドルの話、甘い物、携帯小説、ブランドの服、テーマ
パークで遊ぶこと……好きなものが、他の子と違うわけじゃ
ない。

それでも。
それでも俺は、彼女を特別な場所に置いてしまう。
俺の中では彼女が全くの別人になっていて、そいつが俺に微
笑みかけてくる。

あほか。幻に恋してどうすんだ。
自分自身の情けなさにがっくりきて、ゆっくり窓辺を離れた。

雨は止みそうにないし、濡れるのはしょうがない。
もう帰ろう。

図書室の中を早足でくるくる見回っていた岡崎先生が、閲覧
コーナーの真ん中で大声を張り上げた。

「閉室の時間ですー! 残っている生徒さんは、忘れ物のな
いように確認して、速やかに退室してくださーい!」

ああ。
今日も……来なかったな。

図書室に残っていたのは俺の他には二人だけ。
その二人がさっと図書室を出て、残っているのは俺だけに
なった。

「あれ?」

岡崎先生が、俺に気付いてぱたぱたと近付いてきた。

「雨宿り?」

「あはは。そんなもんす」

「でも、降ってない時にもよく来てるよね?」

ちっ! 見破られちまった。

「そうすね」

「お目当ての人がいるの?」

いたずらっぽい顔で、まともに突っ込んでくる。
笑ごましようと思ったけど……。激しい雨音が、俺の心まで
激しくぶっ叩いていた。

「いや、そいつはここに来ないんで」

「あら。じゃあ、なんで?」

「そいつ。前に部活の関係でちょっとだけここに来てたこと
があったんすよ」

「ああ、それで君が通い詰めてたんだ。情報が古かった?」

「うす」

苦笑いしか出てこない。

「俺は……ばかみたいなんすかね。勝手にイメージ作って」

岡崎先生に笑われるかと思ったけど。
表情を消した先生は、さっき俺が眺めていた雨水のすだれを
じっと見つめていた。

「雨の帳……か」

「とばり、すか?」

「そう。スクリーン。そこに映るものは雨で歪められるの」

「……」

「そのままが写る鏡に、わざわざ相手を映す必要はないよ
ね。直接見ればいいんだから」

「そっすね」

「雨の帳に映すってことには、意味があるの」

「……」

「そこにあるものは歪んで見える。だからこそ、誰も彼もそ
れに恋をするのよ」

うーん……。

「そのままが見えたら、人はそれに興味を無くすの。分かっ
てる以上のものは何も出てこないから」

「あ」

「でしょ? イメージを作るからこそ、実像との間にズレが
起きて、想いがいい方にも悪い方にも振れる。それが、恋っ
てものだと思うよ」

岡崎先生は、丸めた書類で俺の尻をぽんと叩いた。

「さ、帰った帰った」

「うす。さいなら」

「さよなら。ここに来るなら、なんか本を読んでいきなさい」

「ううー、分かりましたあ」



am2
(マメアサガオ)



雨の帳が、わたしの虚実全てを乗せてぐにゃりと歪ませる。

わたしはそこに映ったものを恋だと思った。
そしてさっきの彼も、それを恋だと思い込むんだろう。

彼の恋が成就してもしなくても。
彼は、歪んだイメージの魔力と毒に振り回されるだろうな。

わたしの前に立ちはだかり、ゆらゆらと揺れる雨の帳。
いつの間にかそこに、思い出したい過去、思い出したくない
過去が交互に映し出され、わずかに色をまとう。

わたしは、それを見たくなくて目を閉ざす。

「ふう……早く。止まないかなあ」





Ancient Rain by Mary Coughlan