《ショートショート 0831》


『星に願いを』 (いのちをみつめて 21)


流れ星に願をかける。
手の届かない高みで輝くものを見て、それに願いを託したい
という気持ちはよく分かる。

でも、流れ星の正体は燃える塵だ。
燃えて無くなってしまうものに願をかけても仕方ないんじゃ
ないかと思ってしまうわたしは、人よりもずっと感性が薄味
に出来ているんだろう。

それでも。
今わたしは、暮れなずむ空をじっと見上げている。

月も星もまだ瞬かない、明るさの残る空をちりっと焼いて。
何かが燃え落ちている。

まるで流れ星のように。

「タクが……逝ったのかしら」



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その老犬がうちに来たのは、先週末のことだった。
ゴミ集積場に回収されずに残っているダンボール箱が置かれ
ていて、なんだろうと覗き込んだのが運の尽き。

ダンボール箱の中には古い毛布が敷かれ、それに包まれるよ
うにして、衰弱して全く動けない雑種の老犬が横たわってい
たんだ。

わたしは慌てて町内会長さんの家に走り込み、対応を乞うた。
会長さんと二人で交番に出向いて相談してみたけど……。

「犯人探しをしても……無駄じゃないですかねえ」

中年のお巡りさんが困惑顔で言ったのは、確かにその通りだ
と思った。

理由は二つ。
一つは、老犬の命の炎がもう消える寸前であること。
それが誰の目にも明らかだったから。

そして、もう一つ。
この犬を捨てた飼い主も危機的状況にあることが、箱の中に
置かれていた紙片からうかがえたからだ。

『タク。ごめんね。どなたかよろしたのみます、よろしたの
みます』


それは、やっと書き上げたという弱々しい筆跡。
犬の介護なんかまっぴらだっていう血も涙もないやつなら、
足が付きそうなこんなメッセージなんか残さないだろう。

飼い主の健康状態も限界に来ていて、万策尽きた。
……そんな風に見えたんだ。

犬がまだ元気なら里親を探すという手段もあっただろうけ
ど、どう見ても保って数日という感じだった。

しょうがない。乗りかかった船だ。
わたしは、その犬を看取ることにした。


           −=*=−


だめもとで獣医さんに見せてみたけど、今生きているのが不
思議だと言われた。

「安楽死……させますか?」

返答に窮した。
苦しそうにあえいでいる老犬。
早く楽にさせてあげたいという考え方もあるんだろう。

でも、わたしはどうしてもそういう気になれなかった。

「いいえ、このまま看取ります」

「あなたの犬じゃないんですよね?」

「違います、でも……」

「うん」

「この犬が生きてる日数だけ、元の飼い主さんの命も延び
る。そんな風に……思えちゃうんですよね」

「分かりました」

すでに嚥下が出来なくなっている犬には、飲み食いさせるこ
とも薬を与えることも出来ない。側にいてあげることしか出
来ない。
元の飼い主さんは、それすら不可能になりつつあったんだろ
う。……辛かっただろうな。

もし相方が犬ではなく人であれば、行政も含めて手を貸して
くれる人はいると思う。
でも相手が人でなければ、それは道楽。面倒を見切れない犬
と暮らすこと自体が、飼い主のしょうもないエゴと見なされ
てしまう。

エゴ? 本当にそうだろうか?

犬の命。人の命。どちらも一個体に一つしかない。
寄り添うことで消えないように囲っていた命の灯火がどちら
も消えそうになったら。

わたしたちはどうすればいいのだろう?


           −=*=−


どうにかこうにか週末を乗り切ったタクだったけど。
週明け月曜の夕方に、静かに息を引き取った。

わたしはその瞬間を見ていない。
庭に出て見上げた夕空。その端をちりっと焦がして落ちる流
れ星のようなものを見つけて。
それが……タクの最後の輝きに見えたんだ。

ねえ、タク。
あなたの分の命は、飼い主さんに足してあげてね。
それが、ほんのちょっぴりでもいいからさ。

燃えて無くなっちゃうものに願をかけてもしょうがないと思
いながらも。

わたしは、尾を引く光に向かってそっと手を合わせた。




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When You Wish Upon A Star by Petra Haden & Bill Frisell

 ペトラ・ヘイデンは、名ジャズベーシストのチャーリー・ヘイデンの娘さんですね。(^^)