《ショートショート 0827》


『見込み違い』 (らいふごーずおん 4)


「ブランカ!」

「ふうふうふう、な……に?」

「ここはヤバいやつらが多過ぎるっ。ちまちま殺ってたん
じゃ埒があかん! 急いで固まれっ。ラストゲートまで俺一
人で強行突破する!」

「分かったっ」

背後にあったブランカの気配がふっと消えて、それはペンダ
ントに戻った。
石化を確かめた俺は、ペンダントを素早く首に下げて鎖帷子
の下に押し込むと、槍を水平に構えて思い切り振り回した。

「雑魚ども! 邪魔するなあああっ!!」



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ダンジョン(迷宮)と呼ぶのもおこがましい、貧相なメルベ
窟。
グリフ(魔物)どもの掃討なんか朝飯前だと、大勢のバウン
ティハンター(賞金稼ぎ)が乗り込んで行った。
もちろん、俺もその一人。

そりゃそうさ。メルベ窟のマスターグリフ討伐に成功した者
には、この国の王家から特上の褒美が与えられる。

普通は賞金だけなんだよ。
だが、マスターグリフの首を持ち帰れば、賞金の他に王女と
の結婚と魔導師による請願成就が漏れなくついてくる。
しかも、賞金と請願成就は討伐隊のリーダーだけじゃなく、
そのメンバー全員に当たるという太っ腹の大盤振る舞いだ。

なんでそんな大仰なことになっているのか。
決まってる。メルベ窟に行ったやつが全員討ち死にして、誰
一人戻ってこないからだ。

窟を支配しているマスターグリフがとことん獰猛で凶悪って
いうならともかく、どこにでもいるちんけなリザードヘッド
(とかげ頭)じゃん。それなのに歴戦の勇者たちがなぜやす
やすと殺られてしまうんだ? 俺には訳が分からなかった。

でも。窟に乗り込んですぐ、その理由が分かった。

メルベ窟を埋め尽くす勢いではびこっている雑魚グリフ。
そいつらの数と種類がとんでもなく多いんだ。
サイズが小さいから、そいつらはすぐに退治出来るだろうっ
ていう根拠のない思い込み。それが、先陣を切ったハンター
たちを無残に全滅させていったんだろう。

誰一人窟から戻ってこなければ、そういうヤバい情報ももた
らされない。
前知識なしのゼロからトライを強いられれば、そりゃあ苦戦
するのは当たり前だ。

だが、俺はついていた。
コンビを組んでるフェアリーのブランカは、戦闘能力が低
く、魔法もヒーリングも使えないが、グリフセンサーとして
は恐ろしく高感度だったんだ。

どんなに小さな敵であっても瞬時に気配を探り当て、そいつ
の能力を教えてくれる。
その情報さえあれば、俺は連中の攻撃にすぐ対処出来るから
な。

マップを作らなければ迷うってほど面倒な窟じゃない。
先客の屍(しかばね)をどしどし踏み越えつつ、俺とブラン
カは全速で窟の最底部にあるグランドホールに向かった。

さすがに最底部ではグリフどもの数も攻撃も半端じゃなかっ
たし、瘴気もひどかった。
瘴気に弱いフェアリーは、石化させて退避させるしかない。
ブランカのサポートを得られないのはしんどかったが、あと
一歩のところでメルベ窟制圧を逃したとあっては、銀騎士パ
ルドの名が廃る。

俺は死力を尽くしてグリフどもを全滅させ、グランドホール
の扉を開けた。

ぎいいいっ!

扉の向こうには、貧相なリザードヘッドがぼやっと突っ立っ
ていた。

「ようこそ、銀騎士パルド。お待ちしておりました」

そいつは若い女の声で俺に話しかけてきて、リザードヘッド
の被り物を外した。
被り物の下から現れたのは……この国の王女メリルだった。

王女? どこがだ!
見てくれは人間の形(なり)をしているが、中身は性根の腐
れ切った黒魔女。高貴さのかけらもなく、売春婦さながらに
下卑た薄笑いを浮かべて品を作った。

「さあ、わたしの手を取りなさい」

白い腕が、まるで蛇の頭のようにすうっと俺に向かって伸び
てきた。

「……」

俺はこの茶番の真の意味を知り、即座に目の前の王女の首を
刎ね飛ばした。

「この腐れ売女(ばいた)め!」


           −=*=−


衆人環視の中。俺とブランカは、王と王妃に謁見してメルベ
窟制圧を報告し、その証拠として刎ね落としたマスターグリ
フの首を献上した。
娘の生首を見た二人は大いに嘆いたが、そんなのは俺の知っ
たこっちゃない。

あんたらのくだらん婿選びに巻き込まれて、どれほど多くの
勇者が無為に命を落としたか。
少しはそいつらの苦しみと嘆きを思い知るがいい!

王女に化けていたマスターグリフを退治した……俺は謁見の
場でそう言い切った。
当たり前だが、王宮から一歩も出ないはずの高貴な王女が、
醜悪なグリフてんこもりの窟の最下層にのさばっていたなん
てことは、王家は口が裂けても言えないだろう。
俺の強弁を認めるしかないはずだ。

案の定俺らは口止め料としてこっそりと端金を握らされ、表
向きには賞金首になっているグリフとは違うと難癖を付けら
れて、めでたく国外追放と相成った。

まあ、そんなもんだろう。



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(サルスベリ)



「ねえ、パル。ほんとに良かったの?」

俺の肩に座って顔を見上げていたブランカが、不思議そうに
首を傾げた。

「まあな。あんなちんけな国の王座なんかには最初から興味
なかったし。金銭報酬も曰く付きさ」

「ええー!? すごい高額だったけど……」

「あの国の通貨だからな」

「あ……」

「あの国でしか使えねえ。流れ者には意味ないね」

「そっかあ。でも、願いを叶える魔法は?」

「なんか、話が変だなあと思ったんだよ」

「どういう意味?」

「小国なのに、万人の望みを叶えられるほどの有能な魔導師
なんか呼べないよ。あれは、釣りさ」

「嘘ってこと?」

「そうじゃない。王女と結婚して国を治めれば、王として何
でも望みを叶えられるだろって……そういうこと」

「ううう、なるほど。それじゃなあ」

ブランカが露骨にがっかりした顔をした。

「いや、王女がその名に相応しい品格と素養を備えているっ
ていうなら別さ。でも、あれはまさに化け物だ」

「……」

「人の命でお手玉しやがって!」

「うん……あれは……ひどいね」

「だろ? そりゃあ国を治めるのに、力や口先だけのバカ婿
を避けたいってのは分かるよ。でも、婿選びの方法がデス
ゲームじゃん。それじゃ、生き残ったやつも結局化け物さ。
化け物同士が手を組んで国を統治だあ? そんなえげつない
シナリオの片棒担ぐのなんざまっぴらだ」

「でもぉ。何も首刎ねなくても……」

「あほ。あそこで申し出を断ってみろ? 俺らは王女の醜悪
な正体を知ってる厄介者だ。あのクソ王女に暗殺されるぜ」

「ひいっ!」

ブランカが縮み上がった。

「ちっ! とんだ見込み違いだったな」

「でもさあ」

「うん?」

名残惜しそうに俺の顔を覗き込んだブランカは、聞こえるか
聞こえないくらいの小声でこぼした。

「わたしは、お金はいらないけど、望みは叶えて欲しかった
なあ」

「まあな。俺の目的もそいつだけだったんだが」

「ねえねえ、パルの望みってなんだったの?」

「フェアリーになること」

「……」

俺たちは、しばらく互いの顔を凝視していた。
その後、がっくり肩を落としたブランカがぼそっと呟やいた。

「わたしは……人間の女になりたかったんだけどな」

俺は、ブランカの想いが確かめられて満足さ。
めっちゃめちゃ嬉しくて、思わず高笑いした。

「はっはっはあ! 王女もとんでもねえバカだったが、俺ら
も人のこたあ言えないか。俺らの願いが揃って叶ってたら、
とんだ見込み違いになってたな」

「あーあ、だよね」

「まあな。でも、人生ってのはそんなもんだ。叶わねえ限り
はまだ夢を見られる」

しょうがないって顔で肩からふわっと飛びたったブランカ
が、俺の頭のてっぺんに乗って夕陽を見上げる。

俺はもう使い道のない硬貨を皮袋から取り出すと、それを街
路に景気良くぶん投げた。

安っぽい金属音が四方八方で響いて、すぐに静まり、俺の気
分は少しだけ持ち直した。
焦げの混じった茜空に、思い切り槍を突き上げて叫ぶ。

「次だ! 次ぃ!」

「そだね」

「その間に、もうちっと俺たちのプランをすり合わせておこ
うぜ」

「どっちにするか、でしょ?」

「んだ。土壇場で迷ってすれ違ったら、今度こそしゃれにな
らんぞ」

「きゃははははっ!」





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