《ショートショート 0820》


『偽薔薇』


一見すると薔薇には見えない薔薇ってのがあって。
その逆もある。

ぱっと見には薔薇に見えても、薔薇でない花。
それを……偽の薔薇と呼ぶのが妥当なのかどうかは俺には分
からない。

だが見た目はどうあれ、贈られた方が薔薇と認めてくれない
のならば、それは偽物ということになるのだろう。

それが本当は薔薇であってもね。



kuch
(八重咲きのクチナシ)




酷暑のひだるさが漂う街角。
俺は伏せていた顔をゆっくり持ち上げ、時折強い風音が混じ
るようになった空を見上げた。

台風接近の警報が流れて、空には幾重にも鉛雲がかかり始め
ている。
これまでずっと底なしの青空ばかりだったから、久しぶりの
荒天になることにほっとしている俺がいる。

俺は手にしていた白薔薇の細い花束を、近くにあった街路樹
の幹に力任せに叩きつけた。

ばしっ!

花弁が全て飛び散って。それはただの数本の棒に変わった。

受け取ってもらえなかった薔薇の花。
それは、贈られた方にとっては何の価値もない偽薔薇なんだ
ろう。

愛情に本物も偽物もあるものか。
愛していれば本物で、愛していなければ偽物だ。
そして、俺がどんなに本物だと思っていても、あいつにとっ
ては偽物に過ぎなかったんだろう。

木の根元に散らばった花弁は、まだ蜜と芳香を振りまいてい
る。
それに勘付いた蟻が、瞬く間に花弁を黒く縁取り始めた。

蟻にすら分かる価値が、あいつには分からない。
だからと言って、俺にはそれを認めさせる手段が何もない。

そして。
偽だろうが本物だろうが、薔薇はまだ俺の心の中にある。
最後は、俺がそいつをむしり取って片付けなければならない
んだろう。

べきっ!
手の中に残っていた数本の茎を握って、真っ二つにへし折る。
茎に残っていた棘が指に刺さって、路上にぽたりと血が滴っ
た。



kuch2



どす黒く濁っていく空を見上げながら、近付いて来る台風に
真剣に祈った。

「どうせ荒れ狂うなら、俺の中の薔薇もさっさと吹き散らし
てくれ」

……と。





Kiss From A Rose by Seal