《ショートショート 0819》


『ざらり』


夏は麻がいい。
これまでずーっとそう思ってた。

汗を吸ってずっしり重くなってしまう綿も、濡れるとぺたぺ
たと肌に張り付いてしまう化繊も、夏向きの素材じゃない。

ざっくりとした風合いで、肌にまとわり付かず、汗を乾かす
麻は、夏向きというよりも夏にしか合わないだろう。

肌当たりは、さらり。
決して柔らかくも優しくもないが、それが夏なのだと納得で
きる感触。

夏が来るたびにシャツやスカートは、麻や麻混のものに一斉
に切り替え、その肌触りの変化を楽しんできた。

……この夏までは。



kok1
(コスギゴケ)



べたつかない感触。
さらさらした肌触り。

私がこよなく愛していた麻の世界を、この夏きっぱりと手放
すことにした。

私の肌が敏感になって、麻の繊維による刺激を不快に思うよ
うになったというわけじゃない。
肌は、むしろ荒縄で擦っても堪えないほどタフになっている
ように思う。

そうじゃない。
麻の肌触りが、私の感覚に合わなくなったんだ。
それも、少しずつじゃなく、この夏突然に。

きっかけは、仲のいい友達、咲ちゃんとの小旅行の打ち合わ
せだった。

お互いに束縛しないべたつかない間柄で、仕事と家庭を両立
させている者同士、都合の付く時期とタイミングを見計らっ
てのプチトリップ。
行き先は負担感のない近場で、泊まりにするかどうかも状況
次第。
それでも、友達付き合いを初めて十数年、なんだかんだで欠
かさず続けてきた定例イベントだったんだ。

去年神戸に出かけた時には、子供の手がかからなくなったか
ら、今度は少しだけ遠出しようかなんていう話も出てた。

でも、今年の夏。
私の声掛けはあっさりスルーされた。

「あ、ごめん。今年はだめだわ」

「え? なにか用事?」

「そういうわけじゃないんだけどね。そうだなー。区切り、
かな」

「ふうん……」

「今年だけじゃなくてね。これからはあっちゃんとは距離を
置かせてもらう」

「は? なんで?」

「気付かない?」

「……。何がなんだか」

「そっかー。それじゃあ、ますますダメだー。ごめんね」

ぷつっ。
一方的に切られた電話。まるで絶縁宣言のような言い方。
なによ、それ! ものすごく頭に来た。

そう。
その時に、麻の感触を初めて違うように感じたの。

べたつかないさらっとした感触ではなくて、ざらっとした強
い刺激と不快感。そんな風に。



kok2
(アカエゾマツ)



不愉快なことを言われて煮えたぎっていた頭が、秋風の到来
とともに少しずつ冷えて。

私にとっての麻の季節は、いつの間にか終わっていた。
そして……私は今後夏に麻を身に付けることはもう二度とな
いと思う。

私が咲ちゃんとの距離を見誤っていたこと。
それは……認めざるをえない。

べたつかず束縛しないさらっとした関係は、確かに快適。
でも、他人同士じゃない。友達同士なんだ。
その友達というところをきちんと検証してみたら、私はごわ
ごわした麻そのものになっていたんだ。

会話にデリカシーがなくなり。
咲ちゃんの現況に興味がなくなり。
さばけたドライな関係という以上に、ぱりぱりに乾いて無味
乾燥になっていたこと。

咲ちゃんは、一緒に居て負担感がないことより、少しだけ距
離を縮めて肌触りが確かめられるところに居られるのを望ん
だんだろう。

知り合ったばかりの時みたいな、仕事や家庭の些事から解放
されたいという現実逃避のための旅は、もうとっくに終わっ
ていたんだ。

そうじゃない。
年を経て見えてくるものや失うものをそっと並べて、どう向
き合うかを二人で語り合う。
きっと……そういう視点が必要だったんだろう。

私は、時の変化に対してあまりに無頓着だったんだ。

咲ちゃんの親、ご主人、お子さん、職場関係、趣味や友人の
こと。
咲ちゃんは、たぶんそのどこかにトラブルを抱えてる。
私と一緒にいても、支えにも慰めにもならないっていう諦
め。それが……。

あの、ざらっとした麻の言葉になってしまったのかもしれな
い。

「……」

私の無神経を差し引いても、心に沈み込んでしまったわだか
まりは……すぐには解消しそうにない。
でも、いきなりあんな言い方ないでしょって、憤りの気持ち
を咲ちゃんに直にぶつけたところで何にもならない。

だから。
私は麻のざらりとした感触を、消えない心の傷としてくっき
りと刻み込む。
そして二度と袖を通すことのないそれらを、今後ずっと封印
することにした。

無為に浪費してしまったいくつもの荒削りの夏。
その……代償として。







Dirty Linen by Fairport Convention

 デイブ・ペグ以外誰も重なってませんね。(^^;;
 でも。いつでもどこでもだれでも、ふぇあこん。あいらぶ。(*^^*)